神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

柳田國男

昭和14年1月柳田國男と尺八の公開演奏会で出会った満洲国暦法顧問佐藤了翁

「臨川書店のバーゲンセールで冨山房国民百科大辞典の禅宗関係原稿を発見 - 神保町系オタオタ日記」で戦前の『国民百科大辞典』(冨山房)の「易」に関する項目を担当した満洲国暦法顧問佐藤了翁に言及した。『日本人物情報大系』別巻11-20(満洲編被伝記者索引…

柳田國男に負けじとタピるオタどん

河原町で行列のできる店というと、この間までは抹茶館で、いつ見ても100人以上並んでいたものだった。その後、6月にできた生タピオカの専門店モッチャムに人の波は移った。今はやや落ち着いて、並ぶ人の数も減っている。 ところで、テレビでも紹介されたとい…

青田寿美『蔵書印の話』を夢見る頃ーー小谷方明『蔵書印の話』を読んでーー

昨年移転した阪急古書のまちは、特にリーチアートが入りやすくなった。小谷方明『蔵書印の話』(和泉郷土文庫、昭和22年5月)はそこで見つけた一冊。国会図書館になし。 内容は、「日本の蔵書印」、「蔵書印の歴史」、「蔵書印の使ひ方」、「蔵書印文の種類」…

土俗趣味社の『百人百趣』ならぬ『百人一趣』を確保ーー『柳田國男全集』の誤りを正すーー

大阪古書会館の古本市で『百人一趣』上・下(土俗趣味社、昭和21年)を発見。謄写版上巻98頁・下巻108頁、非売品100部限定の本で五千円もするが、柳田國男、斎藤昌三、尾崎久弥、九十九黄人、島田筑波、頴原退蔵、田中緑紅、東條操、中山太郎らそうそうたるメ…

全集が出るべくして出なかった二人の巨人ーー柳田國男と斎藤昌三ーー

斎藤昌三と三田村鳶魚がどれくらい親しかったかは不明だが、三田村の日記*1には数回出てくる。たとえば、 (大正十二年) 二月九日(金) 崇文堂、斎藤某氏と挈へ来る。(略) 六月八日(金) 崇文堂、八重を一九会へ。◯斎藤昌三氏。 (大正十三年) 一月二十九日(火) …

木村鷹太郎も真っ青、名古屋国語国文学会の織田善雄

柳田國男関係の論文抜刷をいただいたので、柳田関係のネタを。 竹内文書(竹内文献)について柳田へ語る織田善雄という人物が柳田の『炭焼日記』に登場することを最初に言及したのが、大塚英志先生である。わしがその後「柳田國男と「偽史」関係者織田善雄」…

中村浩『野次馬放談』(高風館、昭和30年12月)の「千里眼」

Z書店の均一台で100円。「学者知遇記」に柳田国男登場。 柳田国男先生とはある会合のとき、自動車に同乗して以来、ときどき訪れるようになった。この先生は、わたしの祖父、父とも交流があった人で、わたしで三代目である。気むづかしい老人だが、研究慾は青…

前川真澄編『徐福』(新宮保勝会、昭和15年5月)

市内のA古書店で1000円。38頁の冊子。「結語」が大正15年秋に書かれ、続く「本書第三版発行に際し」は昭和15年春に書かれているので、本書は第三版である。国会図書館が所蔵する昭和9年版が第二版ということになる。トンデモ本の要素は無さそうである。 35頁…

松本清張が見た柳田國男と折口信夫

松本清張『過ぎゆく日暦(カレンダー)』(新潮社、平成2年4月)に次のようにある。 (昭和五十六年)一月二十三日(金) いつかは柳田國男と折口信夫とを書きたいと考え、かねてからその資料を集めたり、また両人をよく知る人々の話を聞いたりした。 左の「…

奥田啓市鹿児島県立図書館長と全日本科学技術団体聯合会

柳田國男の年譜によると、柳田は、昭和11年4月28日鹿児島県立図書館で郷土資料を見学、5月1日には同図書館で講演している。これにより、柳田は当時館長だった奥田啓市と面識があったと思われる。奥田の経歴は、『簡約日本図書館先賢事典』によると、 奥田啓…

柳田國男を訪問する国会図書館副館長中井正一

浅野晃「大和の旅」(『祖国』昭和25年9月号〜26年12月号)*1によると、 これも後日談になるが、大和の旅から帰つてのち、やはり東京で柳田國男先生をお訪ねした。先生のお宅へは、終戦の年の五月ごろ、折しも空襲のまつ只中にお伺ひしたのが最後であつた。…

松宮春一郎年譜

わしとか書物蔵氏が、無名の人物の年譜を作ってしまう情熱はどこから来るのであろうか。さて、世界文庫刊行会を主宰していた松宮春一郎については、何回か記事にしてきたが、その後判明した事項も含めて、年譜を作ってみた(著訳書は原則として省略)。 しか…

柳田國男と満川亀太郎

『満川亀太郎日記』に従来の柳田國男年譜に記載のない柳田の動向が書かれている。 大正13年5月3日 今井良平、郷間正平君来訪す 郷間君に柳田国男氏を紹介す 10月15日 朝柳田国男氏を訪ひ(略) 14年6月27日 松岡均平、寺島成信、松木幹一郎、柳田国男、小松…

柳田國男に群がる図書館人(その2)

再び、「ジュンク堂書店日記」から引用させてもらおう。 多少好評(?)だった柳田國男の『炭焼日記』に見るズショカンインの話の第二弾。 1 大西伍一(後の府中市立図書館長) (昭和20年) 3月 9日 大西伍一君来、「村のすがた」一そろひを托し、片山…

柳田國男に群がる図書館人(その1)

お許しを得て、閉鎖中の「ジュンク堂書店日記」さんから孫引き。 柳田國男の『炭焼日記』にズショカンの関係者が何人か登場する。 1 中田邦造日比谷図書館長 昭和20年 7月15日 中田邦造君来、文庫疎開の話をして行く。信州高遠がよからうといふ話などを…

古屋鉄石の孫弟子、北一輝

北一輝・北署吉兄弟と、古屋鉄石の催眠術の試験台だった行者永福なる人物とは親しかったようだ。稲邊小二郎『一輝と署吉 北兄弟の相剋』(新潟日報事業社、2002年6月)によると、 また署吉の記録にも次のように書いてある。 「兄がどうして霊的人物になった…

生活社の前田広紀と六人社の戸田謙介

生活社の社長鉄村大二と編輯長をしていたという前田広紀、それに生活社に統合された六人社の社長戸田謙介が柳田國男の『炭焼日記』に出てくる。 大正19年1月9日 三国書房及戸田、生活社鉄村及前田来(略) 7月13日 るす中六人社より使来る。「国史と民俗学」…

矢田部一族も

柳田國男の妻孝の長姉順は、植物学者矢田部良吉の妻である。良吉は、『新体詩抄』の編著者の一人としても知られる。良吉の四男達郎は心理学者。普通の人は知らない人だが、森茉莉のファンは皆知っている。茉莉の夫山田珠樹の親友で、茉莉とはパリで親しくな…

結城禮一郎と柳田國男

柳田國男の「大正十一年日記」に増田正雄らしい人物が出てくることは、昨年4月11日にも言及したが、その後色々判明したので、再掲してみる。 大正11年1月10日 夕増田君とあふ約束 (略) 夜スキヤ町加賀屋、大阪の増田君招、市来結城静雄、石嘉六君同席 「市…

久保田万太郎から里見とんの消息を聞く柳田國男

さんざんネタに使った柳田國男の『炭焼日記』だが、まだまだ面白ネタが埋もれていた。 昭和19年9月27日 連句委員会第三次、高浜父子、佐藤、深川、久保田、伊原、折口、加藤。 会は平凡なれど行かへりの電車の込むことのみは非常なり。 久保田君と久しぶりに…

戦時下に秘画を見る柳田國男たち

高橋誠一郎という人は、慶應の経済学の先生だったらしいが、浮世絵のコレクターでも知られている。現在、三井記念美術館で「夢と追憶の江戸−高橋誠一郎浮世絵コレクション名品展−」を開催中(今月23日まで)。この高橋所蔵の浮世絵を戦時中に柳田國男らが観…

一水会と柳田國男(その2)

柳田國男が出席した一水会の時期としては、大正7年、11年、昭和16年が判明していたが、新たに昭和6年も判明した。貴族院議員岡部長景の日記に出てくる。 昭和5年12月3日 夜、細川侯に招かれて華族会館に催された一水会に初めて出席した。(略)往年支那問題…

昭和研究会と柳田國男

昭和13年3月28日、柳田國男は昭和研究会で講演をしているが、その内容に年譜と大蔵公望の日記で食い違いがある。 年譜 昭和研究会で教育改造論を話す。 大蔵公望日記 十二時、昭和研究会に行き、食後、柳田国男氏の日本民族の変遷に関する話をきく。 年譜の…

一水会と柳田國男

一水会とは、『白岩龍平日記』の中村義「第一部アジア主義実業家の生涯」によると、貴族院議員宮島誠一郎の次男で、漢学者、漢詩人、書家の宮島大八が大正6年1月に組織した研究会。毎月第一水曜日に華族会館で開催されたので、一水会と呼ばれたという。中村…

『柳田國男全集』(筑摩書房)に漏れたる著作

緻密を極める『柳田國男全集』だが、幾つか未収録著作を発見。 「イプセン雑感」『新天地』2巻1号、明治42年1月1日 「名家の読書時間」『読書之友』7号、大正元年11月1日 「出版界の積弊を難ず」『図書評論』1巻3号、大正2年6月3日 これらは、ちまちました文…

フリッツ・ルンプと柳田國男

柳田國男がフリッツ・ルンプに言及。「蔵書に埋れて本を馬鹿にする! 蔵書家漫訪(2)」『日本読書新聞』119号、昭和15年5月15日*1で、須山計一が柳田の発言として次のように書いている。 外国と云へば、最近ドイツで一寸まとまつた日本のお伽噺集が出まし…

柳田國男もお仕事、お仕事

宇都宮太郎の日記*1によると、 大正2年9月11日 (略)倉田隆吉(南洋事業に志し床次の紹介にて来訪、二千円の出資を願ふなり)(略)来衙。 9月29日 宮内[内閣]書記官柳田国男、床次の代を兼ね倉田の為め旅費の相談に来る。幾分は調達すべきも暫く待つべきを…

柳田國男と謎の西洋人

三村竹清の日記には、稀に柳田國男が出てくる。大正14年11月23日の条もその一つである。 八王子にて大義寺を尋ねて元横山町を曲れは かなたより洋服きたる二人連来る 見覚えありつるやうに思ひ近より見れは 柳田國男氏也 不しきの処にてといへは この西洋人…

上山草人と共に踊るスメラ学者井上芳郎

井上芳郎。明治21年生まれ、早稲田大学政治経済科専門部中退後、坪内逍遥主宰の文藝協会研究所第二期生となるも、病気で中退(『慶應義塾図書館史』による。2006年7月8日参照)。「資料翻刻文藝協会研究所日誌」*1に、その井上の名前があった。明治43年7月13…

柳田國男と浅野和三郎

新聞の訃報欄で見落としたが、猫猫先生によると小林一郎先生が亡くなったらしい。さて、『田山花袋宛柳田国男書簡集』に明治42年12月5日付け柳田の花袋宛書簡が収録されている。この中に「浅野君よりビケラスを返してくれと申来候に付 何とぞ直接に御返送給…