神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

柳田國男

北白川と京大の切っても切れない深い関係ーー『学校で地域を紡ぐ:『北白川こども風土記』から』と『北白川教会五十年史』からーー

私は学生時代は左京区吉田に住んでいて、北白川に住んだことはない。しかし、友人や先輩の多くは、北白川に住んでいた。また、いつの時期の話か忘れたが、京大の先生の多くが北白川に住んだと書かれた本を読んだ覚えがある。ということで、今回は北白川と京…

柳田國男が貴族院書記官長を辞めた本当の理由?

財界人の日記は、作家や学者等の日記に比べて面白くない。渋沢栄一*1や小林一三*2の日記でも面白い記述は、極一部である。そのため、『平生釟三郎日記』(甲南学園)は手付かずであった。しかし、人名索引を読んでみたら絶句するような名前が幾つか出てくる。…

柳田國男と我楽他宗会員の在神戸オランダ領事デ・ロースーー昭和9年8月9日付け新村出宛柳田國男自製絵葉書からーー

「柳田国男年譜」(小田富英作成)*1昭和9年8月9日の条に「新村出宛てに、葉書を書く」とある。この葉書の文面は、菊地暁「拝啓 新村出様:柳田国男書簡からみる民俗学史断章」『国立歴史民俗博物館研究報告』第165集に掲載されている。葡領東印度の親日有力者Van de…

オタどんが死ぬまでに読みたい未公刊の日記群ーー堀一郎の日記はどうなった?ーー

わしには、探求書は存在しない。ただ、読んでみたい本はいくつか存在する。次のような日記群である。 堀一郎の日記(当初『堀一郎著作集』で書翰・日記編が予定されていたが、未完のまま完結) 石川達三の日記(河原理子『戦争と検閲:石川達三を読み直す』) 中…

秋田県立秋田図書館横手分館旧蔵の『秋田考古会々誌』(秋田考古会)ーー柳田國男が顧問を務めた秋田考古会ーー

京都古書会館で開催された京都まちなか古本市では、紐閉じされた『秋田考古会々誌』1巻2号,大正14年11月から2巻1号,昭和3年2月までを入手。福田屋書店の和本の棚を念のためチエックしたら、紛れていた。500円。秋田県立図書館が1巻1号,大正14年8月から3巻6号…

「飯尾哲爾と『土のいろ』展」の図録を元「貸本喫茶ちょうちょぼっこ」の古本市で貰うーー遠州の柳田國男こと飯尾哲爾ーー

平成29年6月大阪で元「貸本喫茶ちょうちょぼっこ」の4人による古本市があった。古通豆本等を買えたが、無料本が何冊か置いてあって、その中にあった1冊。平成6年2月~3月に浜松市立中央図書館で開催された「飯尾哲爾と『土のいろ』展」の図録(浜松読書文化協力…

増田正雄と貴族院議員水野直子爵ーー柳田国男、増田正雄、結城礼一郎を繋ぐものは?ーー

後に国際政経学会常務理事となる増田正雄が柳田国男の日記に出てくることは「結城禮一郎と柳田國男 - 神保町系オタオタ日記」で紹介したところである*1。その他戦前の各種の日記に名前を見つけることができるが、今回は伊藤隆・西尾林太郎が資料紹介した「水野…

『和田英作日記』から見た大正10年の柳田國男におけるフランス

大正10年5月柳田國男は横浜からアメリカ、フランス経由でジュネーブへ向かった。国際連盟委任統治委員会委員に選ばれたためである。この道中の動向は、家族や知人宛に出された葉書・絵葉書などで追うことができるので、『柳田國男全集』別巻1の年譜で詳細に…

柳田國男のあやすーぃ友人南聡行は、南才三だった。

『倉富勇三郎日記』大正10年4月に柳田國男の知人として、何やら怪しい南聡行なる事業家が登場すると「民俗学とは柳田國男そのものを研究する学問であるーー柳田と大和高取の南聡行とのあやすーぃ関係ーー - 神保町系オタオタ日記」で紹介した。一方、『柳田國…

民俗学とは柳田國男そのものを研究する学問であるーー柳田と大和高取の南聡行とのあやすーぃ関係ーー

タイトルは冗談である。しかし、猫猫先生こと小谷野敦先生言うところの「民俗学者学」になると思うが、柳田國男の人生を調べると何かと面白い。精緻な『柳田国男伝』にも出てこないような人物、例えば増田正雄、織田善雄のような偽史運動家との関係については…

眞山青果と柳田國男のながーいお付き合い

平成28年12月から翌年1月まで国文学研究資料館で「眞山青果旧蔵資料展ーーその人、その仕事ーー」が開催された。残念ながら実見できなかったが、青田寿美先生から冊子をいただいた。ありがとうございます。冊子の内容は、その後一部修正の上、『真山青果とは何…

慶應義塾図書館の國分剛二と柳田國男の関係

『荘内』6号(荘内社、昭和13年7月)が手元にある。発行兼編輯人は斎藤恵太郎、荘内社は東京市芝区に所在。常田書店の300円を100円に下げた値札が貼ってあるので、西部古書会館で買ったのだろう。目次を挙げておこう。 柳田國男や國分剛二が書いているので、買…

二人の蒐集家赤星五郎(赤星鉄馬の弟)と赤星陸治を繋ぐ柳田國男

『昭和前期蒐書家リスト』がだいぶ出回ってきたようだ。研究者や好事家の皆様、一家に一冊必要ですよ。今回も、このリストを使って見よう。赤星五郎(蒐集分野:陶器に関するもの殊に朝鮮の焼物)と赤星陸治(蒐集分野:和歌、武道)という二人の赤星が載ってい…

大正14年三村竹清が目撃した柳田國男に同行する謎の西洋人の正体が判明

『柳田國男全集』別巻1の年譜を読んで最も驚いたのは、次の記述。 (大正一四年) 一一月 このころの秋の一日、国際連盟で知り合いとなったオーストラリアから来日中のウィルソンが、工業が盛んな近郊の農村を見たいというので、為正を連れ八王子市内から百草…

大幅に増補された柳田國男詳細年譜を楽しむ

『柳田國男全集』別巻1(筑摩書房、平成31年3月)は、小田富英氏作成の詳細年譜。ざっと読んでみた。『別冊 柳田国男伝 年譜・書誌・索引』(三一書房、昭和63年11月)も随分詳細な年譜と思っていたが、この81頁の年譜に対し今回の年譜は驚くべき5倍の415頁。追…

柳田読みの柳田知らずーー『柳田國男全集』第34巻中「旅の文反故」解題への補足ーー

『柳田國男全集』34巻(筑摩書房、平成26年3月)に「旅の文反故」が収録された。三村清三郎が写しを所蔵する*1「姉上様」宛の柳田の書簡を胡桃沢友男(胡桃沢勘内の長男)が『信濃』30巻1号(信濃史学会、昭和53年1月)に発表したもの*2を収録している。解題を担当した…

昭和14年1月柳田國男と尺八の公開演奏会で出会った満洲国暦法顧問佐藤了翁

「臨川書店のバーゲンセールで冨山房国民百科大辞典の禅宗関係原稿を発見 - 神保町系オタオタ日記」で戦前の『国民百科大辞典』(冨山房)の「易」に関する項目を担当した満洲国暦法顧問佐藤了翁に言及した。『日本人物情報大系』別巻11-20(満洲編被伝記者索引…

柳田國男に負けじとタピるオタどん

河原町で行列のできる店というと、この間までは抹茶館で、いつ見ても100人以上並んでいたものだった。その後、6月にできた生タピオカの専門店モッチャムに人の波は移った。今はやや落ち着いて、並ぶ人の数も減っている。 ところで、テレビでも紹介されたとい…

青田寿美『蔵書印の話』を夢見る頃ーー小谷方明『蔵書印の話』を読んでーー

昨年移転した阪急古書のまちは、特にリーチアートが入りやすくなった。小谷方明『蔵書印の話』(和泉郷土文庫、昭和22年5月)はそこで見つけた一冊。国会図書館になし。 内容は、「日本の蔵書印」、「蔵書印の歴史」、「蔵書印の使ひ方」、「蔵書印文の種類」…

土俗趣味社の『百人百趣』ならぬ『百人一趣』を確保ーー『柳田國男全集』の誤りを正すーー

大阪古書会館の古本市で『百人一趣』上・下(土俗趣味社、昭和21年)を発見。謄写版上巻98頁・下巻108頁、非売品100部限定の本で五千円もするが、柳田國男、斎藤昌三、尾崎久弥、九十九黄人、島田筑波、頴原退蔵、田中緑紅、東條操、中山太郎らそうそうたるメ…

全集が出るべくして出なかった二人の巨人ーー柳田國男と斎藤昌三ーー

斎藤昌三と三田村鳶魚がどれくらい親しかったかは不明だが、三田村の日記*1には数回出てくる。たとえば、 (大正十二年) 二月九日(金) 崇文堂、斎藤某氏と挈へ来る。(略) 六月八日(金) 崇文堂、八重を一九会へ。◯斎藤昌三氏。 (大正十三年) 一月二十九日(火) …

木村鷹太郎も真っ青、名古屋国語国文学会の織田善雄

柳田國男関係の論文抜刷をいただいたので、柳田関係のネタを。 竹内文書(竹内文献)について柳田へ語る織田善雄という人物が柳田の『炭焼日記』に登場することを最初に言及したのが、大塚英志先生である。わしがその後「柳田國男と「偽史」関係者織田善雄」…

中村浩『野次馬放談』(高風館、昭和30年12月)の「千里眼」

Z書店の均一台で100円。「学者知遇記」に柳田国男登場。 柳田国男先生とはある会合のとき、自動車に同乗して以来、ときどき訪れるようになった。この先生は、わたしの祖父、父とも交流があった人で、わたしで三代目である。気むづかしい老人だが、研究慾は青…

前川真澄編『徐福』(新宮保勝会、昭和15年5月)

市内のA古書店で1000円。38頁の冊子。「結語」が大正15年秋に書かれ、続く「本書第三版発行に際し」は昭和15年春に書かれているので、本書は第三版である。国会図書館が所蔵する昭和9年版が第二版ということになる。トンデモ本の要素は無さそうである。 35頁…

松本清張が見た柳田國男と折口信夫

松本清張『過ぎゆく日暦(カレンダー)』(新潮社、平成2年4月)に次のようにある。 (昭和五十六年)一月二十三日(金) いつかは柳田國男と折口信夫とを書きたいと考え、かねてからその資料を集めたり、また両人をよく知る人々の話を聞いたりした。 左の「…

奥田啓市鹿児島県立図書館長と全日本科学技術団体聯合会

柳田國男の年譜によると、柳田は、昭和11年4月28日鹿児島県立図書館で郷土資料を見学、5月1日には同図書館で講演している。これにより、柳田は当時館長だった奥田啓市と面識があったと思われる。奥田の経歴は、『簡約日本図書館先賢事典』によると、 奥田啓…

柳田國男を訪問する国会図書館副館長中井正一

浅野晃「大和の旅」(『祖国』昭和25年9月号〜26年12月号)*1によると、 これも後日談になるが、大和の旅から帰つてのち、やはり東京で柳田國男先生をお訪ねした。先生のお宅へは、終戦の年の五月ごろ、折しも空襲のまつ只中にお伺ひしたのが最後であつた。…

松宮春一郎年譜

わしとか書物蔵氏が、無名の人物の年譜を作ってしまう情熱はどこから来るのであろうか。さて、世界文庫刊行会を主宰していた松宮春一郎については、何回か記事にしてきたが、その後判明した事項も含めて、年譜を作ってみた(著訳書は原則として省略)。 しか…

柳田國男と満川亀太郎

『満川亀太郎日記』に従来の柳田國男年譜に記載のない柳田の動向が書かれている。 大正13年5月3日 今井良平、郷間正平君来訪す 郷間君に柳田国男氏を紹介す 10月15日 朝柳田国男氏を訪ひ(略) 14年6月27日 松岡均平、寺島成信、松木幹一郎、柳田国男、小松…

柳田國男に群がる図書館人(その2)

再び、「ジュンク堂書店日記」から引用させてもらおう。 多少好評(?)だった柳田國男の『炭焼日記』に見るズショカンインの話の第二弾。 1 大西伍一(後の府中市立図書館長) (昭和20年) 3月 9日 大西伍一君来、「村のすがた」一そろひを托し、片山…