神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

2006-02-01から1ヶ月間の記事一覧

大川周明とトンデモ本の世界(その1)

『酒田市立光丘文庫所蔵大川周明旧蔵書目録』(平成6年2月発行。以下『目録』という。)を見ていると、「シューメイ、お前もか!」と言いたくなる様な書名が出てくる。そこで、「大川周明とトンデモ本の世界」として、大川と主に竹内文献の信奉者たちとの…

帝国図書館司書大田榮太郎って何者だ?(その2)

くうざんさんの再度の教示により、帝国図書館司書にして、方言文献収集家大田が、富山県出身だとわかった。これで、天津教事件において、大田が竹内文献に富山弁が混入していることを証言したのであろうことは、ほぼ間違いないと思われる。 ところで、竹内文…

『保科五無斎』(井出孫六著。リブロポートシリーズ民間日本学者)から

『信濃公論』なる週刊紙の発行も、右のような五無斎の心意気の発露から生まれることになったとみてよいだろう。すでにみたように、「信濃図書館」は保科五無斎が精魂傾けて実現したものといって過言ではなく、その「信濃図書館」はのちに信濃教育会から県へ…

『明治の教育者 杉浦重剛の生涯』(渡辺一雄著)から

佐々木信綱、高山樗牛、永井荷風、長谷川如是閑、森田草平、久留島秀三郎、杉靖三郎など、杉浦から薫陶を受けた人々は、まさに綺羅星のような感がある。 日本中学校の本校一号館、講堂を建築設計した今井兼次は、明治から大正に改元された年の最初の卒業生と…

 帝国図書館司書大田榮太郎って何者だ?

天津教事件に関して、昭和17年12月14日、東京控訴院で、帝大教授橋本進吉、文学博士狩野亨吉、帝国図書館司書大田榮太郎、出版業高畠康次郎の4名に対し、証人訊問が行われたという(『神代秘史資料集成 人之巻』中「天津教事件の控訴公判開廷状況」(…

平凡社創設者下中彌三郎の謎(その2)

『下中彌三郎事典』(下中彌三郎伝刊行会。昭和40年6月発行)から読み解く。 4 下中彌三郎と三浦関造 同じく、神田が執筆を担当した「心霊研究」の項を見てみよう。 下中は<興味過多症>を自称していただけに、怪奇の世界にも非常な関心を寄せて誘われ…

平凡社創設者下中彌三郎の謎(その1)

『下中彌三郎事典』(下中彌三郎伝刊行会。昭和40年6月発行)から読み解く。 1 下中彌三郎と旅順図書館 「旅順図書館」の項目から引用。 大正七年(一九一八年)八月日本女子美術時代の教え子野波八重子が旅順から下中を訪ねてきた。下中はこの年の三月…

大槻憲二についての補遺

『国語100年』(倉島長正著)から 山本有三の”漢字交り文”へという考えに反論する人も出てきました。心理学者の大槻憲二もその一人でした。昭和17年に『国語の心理』を刊行して注目を集めましたが、大槻は漢字と仮名の優劣論などは意味がないとした上で…

 藤澤親雄についての補遺 

中公新書『大川周明』(大塚健洋著)から [満鉄]東亜経済調査局は、明治41(1908)年創立の我が国初の独立した組織的な経済調査機関で、大川の入社当時、機構改革の真最中であった。彼がわずか入社二カ月後に編輯課長に抜擢されたのもそのためである。…

「さぼうる」で夢の古本合戦(感動の最終回?)

南陀楼さん:ちょっと、アヤシゲな本にしようかと思ったけど、やめにして、昭和23年9月発行の「暮しの手帖」創刊号にした。当時は、「美しい暮しの手帖」というタイトル。ちょうど、世田谷文学館で『花森安治と「暮しの手帖」』展が開催されているしね。 …

「さぼうる」で夢の古本合戦(その6)

セドローさん:それじゃ、自分は右翼の古本屋(笑)らしく、児玉誉士夫先生の著作を紹介。昭和47年12月発行の『児玉誉士夫著作選集』全3巻。下巻に収録されている「甦れ日本のこころ」には、今泉定助先生とのエピソードが出てくる。 引用すると、『謹厳…

「さぼうる」で夢の古本合戦(その5)

書誌鳥さん:「満を持して、我輩の登場かな。昭和15年10月岡倉書房から発行の『世界人と日本人』。著者は大槻憲二。精神分析学者、文芸評論家だよ」 ジュンク堂の怪人:「江戸川乱歩の『わが夢と真実』収録の「精神分析研究会」によると、昭和8年初め頃…

「さぼうる」で夢の古本合戦(その4)

ジュンク堂の怪人さん:「ドタバタも終わったみたいなので、私がいってもいいでしょうか。 お得意の展覧会ものでいきます。平成3年に滋賀県は栗東歴史民俗博物館で開催された『明治の図書館 里内文庫と里内勝治郎』展の図録。 里内文庫っていうのは、明治4…

「さぼうる」で夢の古本合戦(その3)

退屈男さん:「では、次は僕が。これです」 書物奉行さん:「おっ!『皇道図書館目録』ではないか。 よく見つけたなあ!!若いのになかなかよくやるではないか。これで2冊目の出現だぞな、もし」 退屈男さん:「いや、いや、書物奉行さん、まなじりを決して…

「さぼうる」で夢の古本合戦(その2)

ジュンク堂の怪人 「藤澤は戦前、戦後にかけて世田谷区成城町892に 住んでいたんだよ。同じく、成城にいた、里見機関 の里見甫、柳田國男、鶴見祐輔と重なる時期がある。」 神保町のオタ 「相変わらず成城にこだわるね。 それじゃ、藤澤がらみで次は僕が…

 「さぼうる」で夢の古本合戦

今日も今日とて「さぼうる」で、仕事をさぼっている一団がいる。 神保町のオタさん 「書物奉行さん、遅いなあ」 退屈男さん 「いつものように、おっとり刀で駆けつけてくるんじゃないですか」 神保町のオタさん 「風邪の方はどう?」 退屈男さん 「ブックオ…

 『満鉄中央試験所』(杉田望著)から

中央試験所がソ連当局の管理下におかれるようになるのは、昭和21年正月早々のことであった。それより先大連鉄路局の局長に就任したラジオノフ局長が一人の老人を同伴して、研究所を訪れた。老人は70に近い白系ロシア人で、エゴロフ教授と名乗った。その…

731部隊と亀井貫一郎

「今泉定助をめぐる人々」は(その4)も(その5)もある(一部の方々には受けているか?)のだが、ちと飽きてきたので、路線変更。 昨年読んだ本の中でベストテンに入ると思われるのが、『731』(青木冨貴子著)。その調査力には感服するけれど、一つ見…

 『今泉定助先生全集 一』中「今泉先生を語る−その思想と人間−」(葦津珍彦著)から

今一つの両先生(引用者注:川面凡児と今泉定助)の間の異説について。 私は、かつて神代文字なるものについて、今泉先生の所見を質した。川面凡児先生は、神代文字の存在を肯定する論者(日本古典真義)なのだが、今泉先生は消極的否定的であった。先生は、…

 「偽史を攘ふ−太古文献論争−」(『公論』昭和18年9月号。『九鬼文書の研究』(三浦一郎著)所収)から

島田 (前略)だから竹内なるものが真にさういふものがあると絶対に信じ、弘めたいと思ふならば、先づ宮内省に出頭すべきものである。これは今泉先生が竹内と話された後「それはお前、行くところが違ふだらう。なぜ宮内省に持つて行かぬのか」と仰しやつた。…

『ユダヤ問題と裏返して見た日本歴史』(三村三郎著。昭和28年8月発行。『ユダヤ問題と裏返して見た日本歴史』所収)から

しかるに当時は竹内文書が裁判中であり、民間古文書研究家の受難時代で、山根菊子、村井二郎、故吉田兼吉、鳥谷幡山氏等も当局の弾圧を受けていた。表面的な活動としては沼津の富士製作所の社長田中清一氏を資金のバックとして親友小寺小次郎氏(今泉定助翁…

『雑読系』(坪内祐三著)中「福田久賀男の遺著となった処女作」から

古書通、博識家の一つの典型であった彼は、知ること多く、出すこと少なく、自らはあまり筆を取ろうとしなかった。文章を書くなどといったヤボな作業を嫌った。 (中略) 「『探書五十年』編集委員会後記」と題された、この本のあとがきに、こうある。 (前略…