神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

『現代思想』陰謀論特集(青土社)の吉永進一論文にオタどんーーおまけに三浦関造に関する記事一覧ーー

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 貧乏なので『ユリイカ』の偽書特集も買ってない。『現代思想』の陰謀論特集も止めておこうかと思っていたら、吉永さんがオタどんに言及したということで、買ってきました。確かに載ってますね。「陰謀論と円盤をめぐる二、三の事柄」で、

日本のペリー受容については、大澤絢子氏、フィリップ・デリプ氏、神保町のオタ氏よりご教示いただいた。記して感謝したい。

とある。ありがとうございます。活字で載ると、特に嬉しいですね。
 戦前上海でウィリアム・ダドリー・ペリーの思想を紹介した三浦関造の生涯及びオカルティズムとの関わりについては、昨日大澤先生の「三浦関造の思想形成ーーキリスト教から綜合ヨガへーー」で発表されたところである。いずれ論文の形で発表されると思われるので、楽しみである。三浦については、中立的な立場の研究者による評伝が期待されるところである。
 吉永さんに言及していただいた記念に、三浦に関する過去のエントリーを年譜式にまとめてみた。あらためて気になるのは、『教育界』22巻3号,大正12年3月の小特集「教育界の新人三浦関造氏の印象」で、特に三浦「自分の事」とか金子白夢「私に映した三浦関造君」を読んでみたい。金子は牧師(メソジスト派、後に組合教会派)で、三浦の青山学院や牧師時代のことを知っていたと思われる。「日本の古本屋」に福岡古書店が同誌を4冊(誤入力かも)も出品したようだが、すべて売り切れになっている。残念。

三浦関造に関する記事一覧
大正3年10月 ドストエフスキー『カラマゾフの兄弟』翻訳第1巻刊行「三浦関造とカラマゾフの兄弟 - 神保町系オタオタ日記
大正5年 更新文学社創立「三浦関造と更新文学社 - 神保町系オタオタ日記
同年6月 横山大観邸でタゴールと会見「タゴールの第1回目来日講演 - 神保町系オタオタ日記
同年11月・12月 『第三帝国』の「神秘と星学(上)・(下)」でブラヴァツキーに言及「三浦関造と神智学 - 神保町系オタオタ日記
大正7年2月 クロポトキン『革命の巷より』翻訳刊行「「誤訳家」三浦関造にクロポトキン自叙伝翻訳の先を越された大杉栄 - 神保町系オタオタ日記
大正8年5月 中外新論社入社「三浦関造と中外新論社 - 神保町系オタオタ日記
同月 燕楽軒で晩餐会。秋田雨雀、「石丸」も出席「燕楽軒開店初期の状況 - 神保町系オタオタ日記
同年11月 神奈川県柳町へ引越「三浦関造と中外新論社 - 神保町系オタオタ日記
大正10年5月 断訳宣言「求道者三浦関造の断訳宣言 - 神保町系オタオタ日記
同年9月 息子英彦を喪う。「三浦関造と中外新論社 - 神保町系オタオタ日記
大正12年3月 『教育界』に小特集「教育界の新人三浦関造氏の印象」掲載「教育界の新人としての三浦関造 - 神保町系オタオタ日記
同年7月 山村暮鳥と詩中心の雑誌『大自然』を計画「関東大震災前後の三浦関造 - 神保町系オタオタ日記
同年11月 松宮春一郎編『読書論』にソロー「読書論」翻訳「三浦関造と松宮春一郎のつながり - 神保町系オタオタ日記
大正15年10月~12月 平凡社で渋谷定輔に出会う。「出版史料にも使える渋谷定輔『農民哀史』ーー平凡社の下中弥三郎と三浦関造ーー - 神保町系オタオタ日記
大正期? 三井甲之と会う。「櫻澤如一と福田把栗 - 神保町系オタオタ日記
昭和4年12月 泉佐野で認識論について講演「たにまち月いち古書即売会で『宗教と藝術』流行親鸞批判号(大正11年)をーー宮本常一と『創作親鸞』を書いた三浦関造ーー - 神保町系オタオタ日記
昭和5年 この年の計画及び希望として「ミシチズムへの進出」と書く。「三浦関造の昭和5年における展望 - 神保町系オタオタ日記
昭和7年冬 荒深道斉に磯原神宮の概況を教示「『純正真道』に酒井勝軍と荒深道斉の往復書簡 - 神保町系オタオタ日記
昭和11年夏 淀橋区上落合へ引越「『古人今人』の「知人消息」欄の資料的価値 - 神保町系オタオタ日記
昭和12年 巌本善治の神政書院から『大日本ハ神国也』刊行「神政書院の巌本善治と三浦関造 - 神保町系オタオタ日記
昭和13年9月、14年3月 中里義美の神秘之日本社訪問「上海に渡る前の三浦関造の動向 - 神保町系オタオタ日記
昭和17年 藤澤親雄に「上海で皇道宣布中」と報じられる。「情報官鈴木庫三とクラブシュメールの謎(その21) - 神保町系オタオタ日記