神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

佐藤通次の日本神話派と岩田一の古事記研究会ーー栗田英彦先生の研究に期待してーー

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 『公職追放に関する覚書該当者名簿』の該当事項欄だけを斜め読みしてたら、岩田一の該当事項として「一県勤皇運動理事大東亜協会古事記研究会理事長」があって、「古事記研究会」に注目した。というのも、三浦一郎九鬼文書の研究』(八幡書店、昭和61年4月)の森克明「『九鬼文献』の周辺」に同名の研究会が出てくるからである。森氏によれば、古事記研究会は、昭和6年水野満年の建策により、一条実孝邸において山口鋭之助、千家尊健、佐伯有義等により発足したものである。そして、同研究会で三浦は九鬼隆治子爵と親しくなったという。
 その後、繁田浅二編『翼賛団体の現勢』(思想国策協会、昭和17年10月)の「第三編 許可「思想団体」現勢」中に「古事記研究会」を発見。要約すると、

古事記研究会
・所在地 京橋区銀座西八ノ九
・目的 「国民経典古事記の研究を為し、民族精神発揚をする」
・事業 「古事記研究の為の座談会、講演会、講習会の開催、研究図書の発行等」
・旧日本論誠社の改称、尚雑誌「古事記研究」を発行
古事記研究誠和会、東京古事記研究会、関西皇道翼賛道場、茨城県古河町皇道固成会、群馬県上毛古事記研究会等と友誼的連絡を有す
・岩田一 安田銕之助、西村文則、小島茂雄 中村登 森吉彪 岸本行雄 手塚智之助 中島保雄 壺井克亟 峰岸四平 坪井一夫 志田延義 関口猛夫 佐藤通次

 佐藤通次(さとう・つうじ)が出てきた。栗田英彦先生が『近代の仏教思想と日本主義』(法藏館、令和2年9月)の「日本主義の主体性と抗争ーー原理日本社・京都学派・日本神話派ーー」で報告した日本神話派の主宰者である。志田延義も注目ですね。スメラ学塾の関係者で、佐藤とは国民精神文化研究所繋がりでもある。「情報官鈴木庫三とクラブシュメールの謎 - 神保町系オタオタ日記」参照。もっとも、日本神話派には属さず、栗田論文には出てこない。
 代表者である岩田の経歴は、田辺三郎・小杉賢二・岡野忠弘『愛国運動闘士列伝』(新光閣、昭和11月年6月)によれば、明治32年茨城県生。東京日日新聞社政治部記者をしていたが、昭和8年7月の神兵隊事件に参加し検挙され、2年近く獄中生活を営んだ。昭和10年8月病のため執行停止となり出所。安田については、Wikipediaを見られたい。この人も神兵隊事件の関係者である。
 岩田以外のメンバーの公職追放該当事項を見ておこう。

安田銕之助 勤皇まことむすび主幹者
小島茂雄 大東亜協会理事皇国同志会理事勤皇まことむすび中央世話人
志田延義 国民精神文化研究所編集長
佐藤通次 著書大日本言論報国会理事

 「古事記研究会」との関係を該当事項として公職追放になったのは、岩田だけだったようだ。機関誌『古事記研究』は幸い国会図書館デジコレで見られる。ただし、限定公開である。日本論叢社発行で、5巻11号,昭和16年11月から8巻11号,19年11月までデジタル化されている。日本論叢社の所在地は、古事記研究会と同じ京橋区銀座西八ノ九*1である。このことから古事記研究会と日本論叢社は、実態としては同一のもの(又は古事記研究会の出版部門が日本論叢社)と思われる。
 秘密兵器、と言っても国会デジコレでネット公開されている『昭和十六年十月現在 全国国家主義団体一覧』(司法省刑事局の発行か)に、日本論叢社が挙がっている。

日本論叢社
創立 昭和十二年七月二十七日
性格 五・一五事件関係者及ビ「まことむすび運動」関係者等のグループデアル
役員 代表者 岩田一
       安田銕之助 中島保雄 峰岸四郎
会員 五百名
活動状況 「日本論叢」(月刊)二千部発行*2

 これによって、先の推測はある程度裏付けられる。更に三浦が参加した古事記研究会と無関係だったことも分かる。
 日本論叢社からは『日本論叢』が1巻1号,昭和12年8月から4巻12号,15年12月まで発行されている。残念ながら、国会図書館所蔵分は館内でしか見られない。おそらく『日本論叢』は、5巻1号,16年1月から『古事記研究』に改題されたと推定できる。CiNii Booksの注記にも、根拠は不明だが変遷後誌として『古事記研究』が挙がっている。『翼賛団体の現勢』に「旧日本論誠[ママ]社の改称、尚雑誌「古事記研究」を発行」とあったのは、正しくは「雑誌「古事記研究」(旧「日本論叢」の改称)を発行」なのかもしれない。
 『古事記研究』には、藤澤親雄、神田孝一*3や小牧實繁*4らも執筆していて、注目すべき雑誌である。栗田先生による今後の研究が期待されるところである。

*1:正確には、日本論叢社の方は続いて「九州ビル旧館」とある。

*2:『新聞雑誌発行部数事典』(金沢文圃閣)によれば、『日本論叢』は1,500部~1,800部、『古事記研究』は4,000部~5,000部

*3:平凡社創設者下中彌三郎の謎(その1) - 神保町系オタオタ日記」参照

*4:セルパン・皇国地政学・ムー大陸 - 神保町系オタオタ日記」参照