第一書房の『セルパン』は昭和6年5月創刊。岡書院の岡茂雄は『本屋風情』で
私はかつて新村出先生からどういう機会にであったか、物の名をつける時は、ラ行音と撥音とを組み合わせると語呂のいいのができるという風なお話を聞き、同業第一書房の月刊誌『セルパン』を思い浮かべ、なるほどと思ったことがあったので、『セルパン』には及ばないが、『ドルメン』*1というのはどうであろうと思った。
と回想している。この『セルパン』も戦時下に入ると、昭和16年4月号からは『新文化』と改題。もはや、昔の『セルパン』ではなかった。昭和18年5月号掲載の「海洋地政学−海の統治−」を見てみよう。
近頃陸軍大佐チヤーチワードのムウ大陸説なるものが漸く世に喧伝せられるに至つた。(略)荒唐無稽としか考へられないやうな節々も固よりあるにはあるが、断片的には採るべき点もないではない。
(略)彼の主眼とするところは嘗て此処にムウ大陸の存在したこと自体を論証するのにあるのではなく、寧ろ世界文化の根源をばかかる仮想の一大陸に求めようとするにあるらしい。然も彼は未だ不幸にしてかかる文化の根源的なるものが、実は世界万国の本つ国、皇国日本に求めらるべきことに思ふ至らなかつたのである。
チヤーチワードの求めて止まぬムウ大陸なるものは実は世界の本つ国、日出づる処の国日本に外ならなかつたのである。(略)チヤーチワードの謂ふところのムウ大陸なるものは実は「まと」(真処、的)とか「み」(身)とか「み」(実)とか「みち」(道)とか「みき」(幹)とか「め」(女)とか「もと」(本、元)とか「もや」{母屋)とか「もなか」(最中)とかいふやうな言葉からも考へられるやうに、要するに本の大陸、根源の大陸、中心の大陸の意に外ならず、結局それは世界の本つ国、日出づる処の中心国日本を指すに外ならないと言ふべきである。
この執筆者こそ、皇国地政学者を率いる小牧實繁京都帝国大学教授である。小牧らとスメラ学塾の関係者が直接接触した記録は、まだ確認できないていないが、小牧自らがムー大陸に言及しているとなると、ますますその可能性が高い気がしてきた。高嶋辰彦の日記には、「国防研究室」の第一の外郭として仲小路(彰)、小島(威彦)らの戦争文化研究所が、第二の外郭として小牧らの綜合地理研究会が存在すると記されているという*2。仲小路は昭和17年5月「世界興廃大戦史」シリーズから「東洋戦史第24巻」として、『上代太平洋圏』(世界創造社)を執筆し、ムー大陸について詳細に紹介。また、旺文社の『新若人』にはスメラ学塾や皇国地政学者が盛んに執筆していた。
(参考)2006年5月4日、同月9日、同月12日、同月16日、一昨年8月6日
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誰ぞの知り合いには、「蒐書家。トンデモ大家で、あらゆるトンデモ説を自在にあやつり、ミユ大陸を復活させる寸前までいったとも。ナチス地政学者ハウスホーファーのお友達」という人がいるらし。わすに似てる・・・