外務省革新派の中心人物だった白鳥敏夫には多少関心があるので、戸部良一『外務省革新派:世界新秩序の幻影』(中公新書、平成22年6月)は前から気にはなっていた。しかし、読まないまま10年以上経ってしまった。ところが、小澤実編『近代日本の偽史言説:歴史語りのインテレクチュアル・ヒストリー』(勉誠出版、平成29年11月)の長谷川亮一「「日本古代史」を語るということーー「肇国」をめぐる「皇国史観」と「偽史」の相剋」をあらためて読んでいたら、注25に驚くべき記述が。
(略)かつての外務省革新派のリーダー的存在で、当時は衆議院議員であった白鳥敏夫(一八八七ー一九四九)は、「チャーチワードの著述や契丹古伝」を根拠に、日本は全人類の発祥の地だと主張している(白鳥敏夫「二十世紀の神話」『盟邦評論』第二巻第一一号、盟邦同志会、一九四四年。この時期の白鳥の言動については、戸部良一『外務省革新派ーー世界新秩序の幻影』中公新書、二〇一〇年、二八〇一二八四頁を参照)。
慌てて、戸部著を読んでみた。白鳥がムー大陸に言及しているという。
白鳥の日本中心主義は荒唐無稽と言うほかなかった。彼はムー大陸の実在を引き合いに出し、「アメリカの先住民族も中南米のそれも皆日本民族であつたのみならず[中略]多くの白色民族なども、本来は日本神族の分れであることがやがて了解されるであらう」と論じ〔「二十世紀の神話」『盟邦評論』一九四四年十一月号〕、「世界最古の文明」は日本にあつた。[中略]キリストであらうと、釈迦であらうと、何れも彼等の説の根本は日本から出てゐる」と主張した〔「世界の現実とその修理」『盟邦評論』一九四四年二月号〕。
この『盟邦評論』は、白鳥が会長だった「イタリアの友の会」(昭和13年創立)が「盟邦同志会」と改称し、機関誌『イタリア』から改称したものだという*1。トンデモない記事が載る雑誌ですね。それもそのはずで、「イタリアの友の会」はスメラ学塾(昭和15年5月創立)と関係があったようだ(「まだまだあったスメラ学塾関係論文 - 神保町系オタオタ日記」参照)。白鳥自身も、スメラ学塾の創設メンバーである(「スメラ学塾誕生の秘密 - 神保町系オタオタ日記」参照)。更に、天津教の外郭団体とされる皇道世界政治研究所(昭和17年6月創立)の発起人でもあった(「ここにも市河彦太郎の影が・・・ - 神保町系オタオタ日記」参照)。
戸部著に「ムー大陸」が言及されて、おそらく中公新書としては初めての「ムー大陸」登場だろう。新書御三家としては、講談社現代新書に金子史朗『ムー大陸の謎』(昭和52年11月)があるし、天下の岩波新書でもE・B・アンドレーエヴァ著・清水邦生訳『失われた大陸ーーアトランティスの謎ーー』(昭和38年11月)中に「ムー」が出てくる。これで、「ムー大陸」は、新書御三家を制覇した。
戸部著は、戦後の白鳥について、「戦犯である白鳥は自動的に公職追放の処分にあった」と書いている。間違いではないが、「公職追放に関する覚書該当者名簿」によれば、白鳥の該当事項は、「戦犯大直会有力幹部興亜青年運動本部顧問大和クラブ幹事皇国同志会理事長」である。この「大直会」(昭和19年10月創立)が謎の団体で、私も「大直会とはいったいどんな団体だったのだろうか。 - 神保町系オタオタ日記」などで言及しているが、さっぱり史料がない。もっとも、国会図書館憲政資料室に史料が埋もれているかもしれない。研究者の諸君、ぜひともどなたか大直会の研究にチャレンジしてほしい。
近代日本の偽史言説―歴史語りのインテレクチュアル・ヒストリー
- 発売日: 2017/11/10
- メディア: 単行本
*1:昭和20年6月空襲で盟邦同志会本部が消失し、「世界維新会」と改称、誌名も『世界維新』と改称したが、敗戦までの活動は不明という。