神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

筧克彦や平泉澄を読んで一日一善:日本赤十字社京都支部発行の『昭和十一年日記向上の跡』


 今年も大阪天満宮で天神さんの古本まつり(10月9日~13日)が開催される。そこで、昨年南部堂出品の200円均一台で見つけた『昭和十一年日記向上の跡』(日本赤十字社京都支部昭和10年11月)を話題にしよう。日本赤十字社京都支部が戦前発行した日記帳については、どこかの研究会で聴いたような覚えがあったので購入。日記文化だったか、戦前の修養関係の研究会だったか、不明である。
 入手した日記帳には、書き込みが少しあった*1。日記帳への書き込みで要注意なのは、しばしば古い日記帳を使って書き込みされる場合があることだ。この日記帳も記載内容に違和感があって、特に1月14日の条に自分が戦犯になったことに言及していたので戦後の書き込みと分かった。昭和21年9月28日消印の愛知県設楽郡東郷村の某宛葉書が挟み込まれていたので、『公職追放に関する覚書該当者名簿』で調べてみた。確かに日記の筆者と思われる某は「郷軍*2分会長」が公職追放の該当事項であった。
 書き込みの内容は、特に面白くなかった。しかし、日記帳自体の記載に注目すべき特徴があった。毎月の始めに「一事実行点取表」や識者の文章の引用が掲載されている。識者の文章は、次の通りである。

1月 文学博士河野省三「日本民族の伝統的情操(上)」
2月 同上「同上(下)」
3月 帝国美術学校長北昤吉「日本の使命」
4月 文学博士平泉澄「花は桜木人は武士」
5月 柳沢健「欧羅巴の求むるもの」
6月 米国メーソン「日本神道と創造的精神」
7月 加藤咄堂「国家の二要素」
8月 法学博士筧克彦「神ながらの実習[ママ]」
9月 友松円諦「はるかなるものへの心持」
10月 無我苑主伊藤証信「我国体と無我愛精神」
11月 村田太平「太陽人主義」
12月 白柳秀湖「日本精神と外国文化」

 随分偏った人選ですね。このうち筧の文章を挙げておこう。

 冒頭に「今日我々が風俗習慣として行つてゐる実修の多くは、神代から」とあるが、筧『風俗習慣と随神の実修』(清水書店、大正7年7月)170・171頁には「此の様にして我我の一日の実修も、一年の実修も、亦一生の実修も実は我我が神代から」とある。そのほか細かな異同があって、筧の承諾を得ているのだろうか。
 西田彰一『躍動する「国体」 筧克彦の思想と活動』(ミネルヴァ書房、令和2年2月)145頁によると、

 より宗教の理想に近づき、これを表現する人として生きるために、筧いっそう「行」「実修」による修養を求めていく。そして、こうした「行」「実修」重視は、神道思想のその後の展開において、重要な位置を占めるようになる。それは、『古神道大義』の後に出版された『風俗習慣と随神の実修』(清水書店、一九一八年)に最も顕著に著されている。(略)

 日赤京都支部がこのような文章を掲げる日記を発行した経緯については、篠田弘監修、井上知則・加藤詔士・高木靖文編『歴史のなかの教師・子ども』(福村出版、平成12年3月)の井上「学校教育の外延化と少年赤十字団活動」という先行研究がある。同論文238頁によると、京都府の少年赤十字団において、団員の生活場面での行動を律する方法の一つとして、「一日一善日記」「観察日記」などの日記をつけることが奨励された。こうした奨励の契機になったものが京都支部作成の『修養日誌 向上之跡』で、府下の少年赤十字団運動の指導に尽力した日赤京都支部の一木幸之助主事補らが考案したという。そして、

一木は自らの小学校教員時代の経験から日記のもつ教育的効果を認識し、より「教育的効果を認識し、より「教育的な、修養的な、よい、しかも価の安い」」日記を少年赤十字団員のために作製したのである。そして「一日々々を、最もよい生活にする様に工夫すること」が少年赤十字団員の「最大の努め」であり、「朝起きてから、夕眠に就く迄どういう風に暮らし、どういう事に注意すべきであるか」を反省し確認する手段として、日記を書くことを位置づけたのである(16)。

(16)同前誌(日本赤十字社京都支部編集『少年赤十字』ー引用者注)、一九三三年一二月号[正しくは一一月号])、三三頁。

 これに補足すると、『日本赤十字社京都支部沿革誌』(日本赤十字社京都支部、昭和6年11月)に「一昨年以来(略)日記ヲ刊行シ(略)昨年ノ如キ二万五千部ヲ発行シ尚多大ノ不足ヲ告グルノ盛況ヲ呈シタ」とある。昭和4年に発行した昭和5年版が最初で、昭和6年版は2万5千部も発行していたことになる。ただし、入手困難なようで井上氏は『少年赤十字』誌の記事や広告を使うだけで原本には言及していないし、故福田秀一の日記資料コレクションのデータベース「データベース 近代日本の日記(β版) – 近代日本の日記文化と自己表象」や「日本の古本屋」の出品記録でヒットしない。200円で貴重な日記帳を入手したことになる。今年も南部堂の均一台に期待しよう。

*1:書き込みがあるのは、1月5日~21日、27日だけである。

*2:「郷軍」は、「帝国在郷軍人会」の略