
大阪古書会館の「たにまち月いち古書即売会」で、終了宣言した筈の古本横丁和本400円均一が今月完全復活していた。その記念に以前掘り出した小野利教編『いなその集』(小野利教、昭和3年4月)を紹介しよう。私が漁るのは専ら和本に紛れた和本ならざる雑誌や小冊子である。そのほか、和本の中では変わった経歴の人の饅頭本(追悼本)や還暦・古希などの記念本である。『いなその集』は利教の還暦記念本で短歌を収録するほか、自伝も記載されている。短歌だけなら興味がないので買わないところだが、自伝に神戸新聞創刊時の記者で、近松座の取締役を務めたり緒方正清の文庫を整理したとの記述があって購入。還暦祝賀会の展観目録等も挟み込まれていたのも高評価であった。
自伝から経歴を要約しておく。
小野利教(字:子齢、号:棣華、稲園、隻玉堂、浪花隻眼)
明治元年12月 播磨山崎藩に生まれる。
明治19年 明石藩士小野氏を冒す。
? 雑誌『月乃友』を刊行し、東京播磨会地方委員を嘱せられる。
? 国学に志し、大籔文雄、上月豊蔭に従游する。
? 職を小学に奉じて家眷を養う。
明治25年 神戸に転任
明治27年 湊川実業補習学校を創立し、訓導を兼ねる。
? 湊東区の機関雑誌『三交協会雑誌』を編輯する。
? 英人フヲンデスの関与する東洋美術品解説に助力して余暇英館に通う。
明治30年冬 神戸新聞の創刊に聘せられて記者となり、第2面を担当し、また『神港文学』に執筆する。
? 再び兵庫県において小学校長となる。
明治44年 職を辞して大阪近松会幹事となり、『近松会雑誌』を主幹する。
? 株式会社近松座が創設されるや興行人となり、主事を兼ねる。
? 近松座の取締役となり、傍ら緒方正清の文庫を整理し、その著作を助ける。
大正6年 右眼を失う。稲園社を設けて和歌を教える。
大正7年 『武庫郡史[ママ]』を校閲する。
? 大阪市民博物館創立の際、文芸委員を嘱託される。
大正8年 『伴林光平全集』成り、二條基弘により天覧の栄を得る。
大正11年3月 雑誌『みをつくし』を創刊する。
同年 『忠芬義芳』が再び天覧の栄を得る。
『いなその集』の「いなその」が利教の号だったことが分かる。最も驚くのが「英人フヲンデス」である。「慈恵女学院の記事が載る仏教雑誌『恵の露』(明治27年):吉田久一『日本近代仏教社会史研究』への補足 - 神保町系オタオタ日記」で言及したフォンデスだろう。フォンデスと美術品の関係は、吉永進一『神智学と仏教』(法藏館、令和3年7月)*1の「仏教ネットワーク時代ー明治二〇年代の伝道と交流」中「七フォンデスの伝道と欧米仏教の終焉」に文久3年~明治9年の日本滞在の後、アメリカに渡り、日本美術品の売買を手がけたとある。
また、明治30年6月8日付け東京朝日新聞朝刊の「フオンデス氏の美術演説」に次のような記述がある。
・維新後も東京に留まり工芸品に注意し、帰国の途次諸外国でも美術上の観察をなし、米国その他で美術演説をするなど頗る勉める所があった。
・先般再来日して神戸に滞留し開催中の共進会に時々入場して出品の好悪を観察したという。
・美術の思想に富めるので日本美術協会大阪支会で去る5日東北倶楽部に招待し演説を依頼した。
これに続いて、講演の概要も記載されている。神戸に滞在していたとのことで、やはり利教が東洋美術品解説のために助力したという英人フォンデスと同定してよいだろう。なお、フォンデスの日本での事績については、岡崎秀紀「明治のアイルランド人受戒僧C・フォンデスについて(第Ⅱ期)」『石峰』第19号、平成26年3月が存在するが未見。
『いなその集』に挟み込まれていたのは、還暦祝賀会の順序、展観目録、祝賀会が3月21日に住吉公園高燈籠有馬太郎別邸で開催予定の旨を伝える昭和3年3月8日付け『大阪播友新聞』切抜である。展観目録が面白いので引用しておく。
書
石黒忠悳先生 橋本海関先生 玉木愛石先生 磯野秋渚先生 中西霊洲僧正
その他画(絹本、半切、短冊、色紙)
橋本関雪画伯 平尾竹霞画伯 河村紅外画伯 阪正臣大人 若林松渓画伯
菅楯彦画伯 高橋米舟画伯 南春涛画伯 高橋竹年画伯 吉田薫峰画伯
安江不空画史 多井隆石画史 春名龍洲画史 土居竹塘画史 土居錦谷画史
桜井正澄画史 姫島竹亭画史 小野素文画伯 松原三五郎画伯 菊池尾山翁
二宮幡山翁 緒方相園女史 吉宗耕英女史 その他歌(短冊帖、色紙帖)
阪正臣大人 遠山英一大人 鳥野幸次大人 加藤義清大人 佐々木信綱大人
千葉胤明大人 香川景之大人 清岡長言大人 岡部譲大人 戸田則素大人
伴信興大人 井上頼文大人 宇野東風大人 黒田清秀大人 稲村真里大人
東胤徳大人 山本行範大人 吉井良秀大人 富田豊彦大人 町尻量弘大人
金子有朝大人 菊池幽芳大人 中宮寺門跡 興福院門跡 鈴木善建大人
北里闌大人 中嶋清作大人 その他俳句
生田南水宗匠 山口青城宗匠 青木月斗氏 石原閑々宗匠 吉雨桂雨氏
荒川耕筵宗匠 その他寄贈品
略
ほとんど知らない人ばかりだが、見るべき人が見れば錚々たるメンバーのようだ。橋本関雪、菅楯彦、生田南水が出てきますね。利教とはどういう関係だろうか。南木芳太郎と関係がありそうと思ったら、南木主宰の『上方』12号(上方郷土研究会、昭和6年12月)に「天野屋利兵衞」を書いていた。フォンデスと共に利教という人物も今後注意しておこう*2。
