神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

戦前は7軒もあった天牛書店の支店

天神さんの骨董市で拾った(昭和)12年□月2日消印の年賀状。発信者は「大阪市西区松島千代崎橋西詰西入/書籍売買 天牛西書店/中山勇」。宛先は北区黒崎町の瓢林某。文面は、「謹賀新年/旧年中は」云々の決まり文句。最初は、天牛書店のパクリの古書店かと思ってしまったが、調べてみると支店でした。
まずは、天牛新一郎『われらが古本大学ーー大阪・ミナミ・天牛書店ーー』(ブレーンセンター、昭和62年11月)を見てみる。

肥田(晧三) ここに戦前の天牛さんのお店の包み紙があります。本店の住所と、支店四つの名前が刷ってあります。天牛支店・新世界通天閣前。天牛東支店・天王寺区勝山通。天牛支店・天神橋六丁目交差点。天牛支店・日本橋筋四丁目西側。
天牛 支店は七軒こしらえまして。
肥田 本店の隣に「第二天牛」「第三天牛」がございましたからね。
天牛 第二支店は妹の主人の武藤米太郎がやってくれておりました。(略)

「天牛西書店」は出てこないが、どうも天牛東支店があるくらいだから、天牛西支店がその後できたのだろう。
次に金沢文圃閣から沖田信悦編『出版流通メディア資料集成(三)』2巻として復刻版が出た辻井甲三郎編『全国主要都市古本店分布図集成』昭和14年版(雑誌愛好会、昭和14年5月)を見ると、西区の松島町辺りに「天牛西店」が出ていた。やはり、「天牛西書店」は天牛の支店であった。なお、分布図には他に、東成区に天牛支店、南区に天牛、天牛第二、天牛第二東店、夛田清文堂(天牛支店)、住吉区に天牛支店が出ている。
年賀状の出された前年、南木芳太郎が天牛書店へ行ったことが日記*1に出てくるので、紹介しておこう。

(昭和十一年)
五月十五日
(略)高しま屋(長堀)へ寄る。天牛にて古本を探し二冊求める。天牛第二其他にて四、五冊求めて、七時頃帰宅す。(略)

その昔、吉永師匠に大阪へ連れて行ってもらい、大丸の古本市や旭屋書店とともに、天牛書店も行ったと思う。番台だけ記憶に残っているが、それっきり通うようなことはしなかった。まだ、新一郎が御健在だった頃だから惜しいことをしたものだ。なお、天牛書店は1907(明治40)年創業なので、今年が110周年に当たる。社史とか出したことはあるのかな。
(参考)天牛書店のホームページに「天牛書店100年の歩み
追記:『古本年鑑』第3年版(古典社、昭和10年11月)の「全国古本屋名簿」には、天牛書店(南区日本橋南詰東)、天牛第二書房(同日本橋筋1ノ57)、天牛西支店(西区松島町2丁目)があがっている。

*1:『南木芳太郎日記』2巻(大阪市史料調査会、平成23年12月)