神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

戦前の京都書籍雑誌商組合を牛耳った阿波グループの栄枯盛衰

『京都書肆変遷史』(京都府書店商業組合、平成6年11月)は800頁弱もある大部な本だが、2588軒の書店の概要を記した「書店小史」の中に見開き2頁(184・185頁)の異質な箇所がある。タイトルは「木村一族(美馬郡半田町)の系図(阿波グループ)」。阿波グループとは何か。戦前の一時期、京都書籍雑誌商組合を仕切った阿波出身者のグループである。総帥とされる進文堂の解説を要約すると、

創業者:木村徳太郎
創業年:明治43、44年頃
創業地:上京区丸太町通橋詰北側
徳太郎は、徳島半田町で代々続いた藍問屋の5代目。
まず古本の夜店より始め、やがて大学に近い丸太町通を選び橋詰北側に開店。学術書の古本、献本を主として扱い、教員、学生達の人気を呼び発展。その後同郷より縁故を頼って入洛した者達の書店開業に便宜を図った。言わば阿波グループの総裁で中心的存在。
大正10年から昭和5年まで組合の幹事、会計、副組長、組長を歴任。昭和6年没。
丸太町通の環境変化に対応できず、昭和45年廃業。
阿波グループは、京都書店業界をある時代(大正から昭和10年頃)をリードしていたようなので、参考までに一族を系図にしてみた。

義弟の丸三書店(後丸三書店西京社)は、

創業者:木村五郎
創業年:大正3年
創業地:上京区丸太町三本木角
五郎は、義兄徳太郎を頼って入洛。
大正3年の丸太町の市電の開通を機に出店。昭和3年には北白川農大前に丸三支店を新設。12年に丸三書店西京社と改称。大正11年から病床に伏す昭和13年まで組合行政(京都書籍雑誌商組合、京都古書組合)に寄与。難航していた組合の統制、昭和図書館の運営、全国に先駆けての図書祭の創設等、組合長、議長等の要職を歴任。14年没。昭和62年南区久世に移転。

系図によると、この阿波グループに属した書店は、

進文堂(明治43-昭和45年)
丸三書店(大正2年-)
丸三書店支店(昭和3-平成3年)
出来屋書房(昭和15-19年)
愛文堂(後愛文社。昭和2-47年)
木村屋書店(大正3-昭和11年)
銀林堂(昭和7-)
銀邦堂(平成元-6)
元文堂(大正元年-)
澤田書店(大正元年-)
創造社(大正13年-)
松井書店(後レブン書房。大正14年-)
進光堂(昭和5年-)
松栄堂(昭和9年-)
広立社書店(昭和11年-)

昔お世話になったがその後閉店した百万遍のレブン書房とか同志社近くの時間が止まった感のある澤田書店*1、善行堂の近くに今もある銀林堂が、かつては阿波グループという一大派閥に所属していたとは、びっくらちょ。
江戸時代から続く書肆も多く、はたまた伝統や格式にうるさく余所者には必ずしも優しくない京都でよく勢力を伸ばしたものだ。と、思っていたのだが、田村敬男編『或る生きざまの軌跡ーー人の綴りしわが自叙伝ーー』(田村敬男、昭和58年9月3版)の吉田文治「京都書籍雑誌商組合議長時代の田村敬男君を想う」を読んでいたら、これまた驚いた。昭和4、5年頃の話として、

当時の京都書籍商組合の幹事は四国出身で紙屑屋から身をおこした立志伝的ボス達によって左右され、一般組合員は全然発言力を持っていなかったのであります。組合の運用等は勿論、幹事の選定もこのボス達の思うがままでありました。
(略)
一月には毎年恒例の新年度総会の為に私達三名は準備を整えていました。そして今日までこのボス達に不満を持っていた組合員を動員しておきました。そして当日が来ました。(略)
議場は騒然となり、投票の結果田村君が議長となり、一[ママ]刀乱麻の議長ぶりは幹事会からボス達を追放しました。組合は綺麗に改革されました。(略)

クーデターを起こした「私達三名」とはこれを書いた更生閣の吉田のほか、共生閣の田村と京極書店の岩本健一である。今、前掲書の「歴代組合役員名簿」を見ると、昭和5年の組長は木村徳五郎で、2人いる副組長のうち1人が木村五郎である。吉田は編纂(時報)、岩本は幹事である。昭和6年の組長は須磨勘兵衛(内外出版)、木村五郎は副組長を留任、19人の幹事のうち吉田と岩本を含め15人が留任、田村を含め6人の幹事が新任となっている。木村徳五郎は昭和6年に亡くなっているので以後「役員名簿」に名前はないが、一族の木村五郎は7年には評議員議長、8年以降は組長を務めているので、阿波グループが組合の役員から追放されたわけではないようだ。また、田村が評議員会議長になったのは『或る生きざまの軌跡』の「経歴書」では昭和4年とされているが、「役員名簿」では13年である。更に、田村は長野県、吉田は奈良県出身なので京都出身者と余所者との対立という構図でもない。当事者はもう亡くなっているだろうから、真相はもはやわからないだろう。もっとも、息子や孫の世代が昔話として何か聞いているかもしれない。
阿波というと、徳島からよく京都の古本市へ来られる戸家さんの出身地だが、京都の書店界にこんな騒動があったことを御存知かなあ。

京都書肆変遷史―出版文化の源流

京都書肆変遷史―出版文化の源流