神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

明治期に来日した怪しいペルシャ人


明治41年志賀直哉武者小路実篤らが、催眠術を見学していたことは5月22日に紹介した*1。この年、二人は来日していたあやす〜ぃペルシャ人に出会っている。最初に出会ったのは志賀。箱根で初めて出会い、その後上野で再会したという。武者小路が志賀から聞いた*2話による*3と、


・世の中に化物はいるものだと怪談の芝居の最中に講義を始めた
・ミスチックに非常な興味を持っている
ゲーテを一番尊敬している
・国へ帰ったら旅行記を書いて見たいと思っている
・31歳である
・国を出てから5年うろついている
ボンベイに生まれた


という。武者小路もそのペルシャ人に出会っている*4

志賀はペルシヤ人が東京で一月三円か四円で人の室を借りて英語を教へ、ミスチツクを研究しやうと云ふので先刻いゝ家はないかと捜して見たと云ふ。自分は米国へ立つはずのペルシヤ人が何時の間にか東京に住むことになつてゐるので驚いた。(略)
自分も近頃メーテルリンクが好きになつてからミスチツクに趣味を持ち出した処だつたから、大胆にもペルシヤ人に、
アイ、ハブ、インテレスト、と云つたがどうもあぶないので志賀に目で聞いて、アイ、ハブ、インテレスト、ホア、ミスチツクとやつた。
(略)志賀はハーンの本や、メーテルリンクの本などを見せて何か話して居た。
(略)(〇八、八、八−九)


このペルシャ人は、ノルウェーにも行ったことがあり、シベリヤにも行きたいと言っていたという。その後、音信がなくなったが、上海の消印の手紙が志賀の所へ来たという。今で言えば自分探しの旅をしているというところか。


ゲーテではなく、ブラヴァツキーを尊敬しているということだったら、ma-tango氏が狂喜(?)したかも。

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不景気で物価が下がるかと思ったら、餃子の王将が昨日から値上げしていた・・・

*1:『或る男』では明治41年10月3日だが、武者小路の日記同年11月13日の条に「午後から志賀、木下が来た。六時頃一緒に中央会堂に催眠術を見に行つた」とある。また、同月12日付けの武者小路の志賀宛書簡には「明日お叔父さんと君の処へゆく。もし行けたら一緒に催眠術を実に行かう」とある。

*2:武者小路の日記によると、41年7月14日。

*3:「ペルシヤ人」『白樺』2巻5号、明治44年5月1日。

*4:日記によると、最初は41年7月14日(「午前志賀を訪ふ。山内君来てゐた。/暫くして柳君来り、山内君去る。/暫くしてペルシヤ人来る。(この人については志賀の手紙にくはし。昨日志賀が僕の所へ来てすかされて、上野の停車場に行きすかされて、上野公園に行き偶然にペルシヤ人に又逢つたのだ。/バイオリンをひきつゝ印度の歌を唱つた」)。引用した出来事は同月23日(「夕食後志賀を訪ふ。(略)/十時頃迄元気に話す。/志賀の処にペルシヤ人が来てゐた」)。