神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

昭和17年アジア復興レオナルド・ダ・ヴィンチ展を観た人達ーー高良とみの長女や『情報と謀略』の春日井邦夫氏も観ていたーー

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 高良真木著・高良留美子編『戦争期少女日記 自由学園・自由画教育・中島飛行機』(教育史料出版会、令和2年2月)に、アジア復興レオナルド・ダ・ヴィンチ展が出てくる。

(昭和十七年)
九月二十四日(木)
(略)
 午後から、レオナルド・ダ・ヴィンチ展に一人で行った。数百年も前にイタリアに現われた天才ダヴィンチは、あらゆる方面に力を出している。私の一番感心したのは、何といってもえと機械だ。モナ・リザ、岩くつの聖母、受胎告知等は二回も三回も見にもどった。きれいだと言う丈でなく、生々として力強いえだ。よく考えられたと思うような、あらゆる方面の機械があった。ダ・ヴィンチは、現代の色々の物の先がけをしている。パラシュートや、飛行機、起重機、そうしたものが、一つ一つたんねんに考えられているのだ。ほんとうにびっくりしてしまった。こういうことは、やっぱり毎日の生活をこまかく注意して、其の中から色々考え出すのだろう。私たちも、ダ・ヴィンチのように、物を深く考えるようになりたいと思った。(以下略)

 高良真木は、昭和5年生まれ。母とみは、元日本女子大学教授*1で戦後に初の女性参議院議員となる。父高良武久は、精神医学者で森田療法による高良興生院を設立していた。日記の当時、真木は、数え13歳で自由学園初等部6年生である。
 レオナルド・ダ・ヴィンチ展を観た人の日記は、これまで何度も紹介してきた。しかし、ここまで詳しい日記は初めてである。子供の日記ではあるものの、後に画家になる真木の関心の強さ、観察力の鋭さの現れだろう。
 展覧会の主催者側の史料は比較的残りやすいが、こういう観る側に関する記録も大切にしたい。観覧者数については、『スメラ民文庫』15輯(世界創造社、昭和18年)の中村雅穂「回顧録(一)アジア復興レオナルド・ダ・ヴィンチ展覧会」には、7月21日から会場説明を始め、24日に447名、25日に792名に説明したとある。
 これまでに紹介したダ・ヴィンチ展の観覧者を観覧日順にまとめておこう。

昭和17年
5月10日 斎藤茂吉 「戦時下のトンデモ・ダ・ヴィンチ展 - 神保町系オタオタ日記
7月11日 天羽英二 「戦時下のトンデモ・ダ・ヴィンチ展 - 神保町系オタオタ日記
9月9日 大蔵公望 「アジア復興レオナルド・ダ・ヴィンチ展 - 神保町系オタオタ日記
9月? 板谷敞 「浪江虔の弟板谷敞もアジア復興レオナルド・ダ・ヴィンチ展覧会を見ていた - 神保町系オタオタ日記
10月3日 中野重治 「福永武彦とスメラ学塾 - 神保町系オタオタ日記
10月31日 斎藤茂吉 「戦時下のトンデモ・ダ・ヴィンチ展 - 神保町系オタオタ日記
11月1日 高松宮 「情報官鈴木庫三とクラブシュメールの謎(その18) - 神保町系オタオタ日記

 天羽の「日本文化トノ関係、稍コジツケ」とか、中野の「言語道断也」とか気になる感想が残されている。このほか企画段階で関与した福永武彦*2も観ただろう。ダ・ヴィンチ展は当初昭和17年5月に開催と報道され、茂吉も5月10日に観に行って空振りになっていた。変だなと疑問に思っていたら、春日井邦夫『情報と謀略』下巻(国書刊行会)264頁に経緯が記載されていた。

 五月に開会すると報道された「レオナルド・ダ・ヴィンチ展覧会」は二カ月間延期してその間に善後策を取ることとした。すでに刷り上がった「解説」やパンフレツトから、常任委員の小島威彦国民精神文化研究所員の名前が削除され、坂倉準三に代わった。「小島事件」*3で五月開催は事実的に不可能となっていた。

 同書によると、変更後の会期は昭和17年7月11日から11月30日までであった。この春日井氏自身も、展覧会を見ていた。『情報と謀略』上巻の「まえがき」によれば、航空工業学校第1期生だった氏は、展覧会を何度も見学し、主催の日本世界文化復興会の仲小路彰を始めとする諸先生への心酔を深めた。そして、終戦直後広尾の仲小路邸を訪問し、同会の「戦争組立建築部」*4に採用されることとなる。氏は、ダ・ヴィンチ展によって運命が変わった人だった。
 『アジア復興レオナルド・ダ・ヴィンチ展覧会解説』(日本世界文化復興会、昭和17年8月)は国会図書館にもなく埼玉県立熊谷図書館まで見に行こうかと思っていた。しかし、数年前「日本の古本屋」に比較的安くあったので購入した。「レオナルド・ダ・ヴィンチ展覧会委員会」として役員の氏名が挙がっていて、春日井氏が書かれているとおり、常任委員は坂倉準三である。
 スメラ学塾関係のブームか、「日本の古本屋」の出品記録を見ると、解説書は『新建築』昭和17年8月号の同展覧会特集共々すべて売り切れている。解説書のほかに、要覧、出品目録、絵葉書第1輯~第4輯(各8枚)も発行され、絵葉書の一部はまだ「日本の古本屋」で買える。解説書から「展覧会場見取図」をアップしておこう。
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 もっとも怪しい(?)のが、「日本世界史大壁画室」で、「上代統一文化圏」の「日本列島を中心に黄河流域、南海の島々には、上代日本文化圏」という記述をどのように理解すべきか。
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