神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

『エロエロ草紙』の酒井潔が描いた素っ裸の南方熊楠

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本日は南方熊楠の誕生日なので、熊楠ネタを。熊楠というと、皆さんは何を思い浮かべるだろうか。粘菌学者、天皇へ贈った標本入りのキャラメル箱、神社合祀反対運動、柳田国男との往復書簡などか。私は、写真をあげた酒井潔が描いた裸の熊楠の絵である。『談奇』5号(竹酔書房、昭和5年9月)掲載。文庫櫂から揃い全7冊を購入した1冊である。酒井によれば、その場での写生ではなく、後から印象したままの筆を運んだという。酒井が奇人熊楠との面会に至るまでには相当苦労したらしい。まず、8月9日紀州田辺の屋敷を訪問。名刺と斎藤昌三の紹介状を女中に渡すが、老人が出てきて先生は中風の気味で面会お断りと言われる。そこで、酒井著の『愛の魔術』・『巴里上海歓楽郷案内』と尾崎(久彌)『怪奇草双紙画譜』を渡す。老人は熊楠の意見を聞きに行き、本は預かっておくと言うので、宿の住所を書き残して帰宅。14日になって、牟婁報知新聞社長雑賀貞次郎がやってきた。熊楠の依頼で検分に来たという。熊楠への面会難は昔から有名だが、最近は愈々烈しくなり、この頃はほとんど誰にも会わないらしい。何とか17日面会の約束を取り付けた。当日熊楠の書斎に案内されると、

さて城の主は如何にと破れる障子の蔭から覗くと、吾等の大先生は素裸の(尤も此の頃は白ネルの湯巻をして居られる)偉躯の背を丸めながら、書物や、標本類で足の踏み入れ所もない様な部屋の掃除をして居られた。

さすがに全裸ではなく、腰に布を巻いていたのだろう。奇人同士の会話で面白いのは心霊科学に関する部分だ。

話の切れ目を覘つて、漠然と先生は心霊科学の奇怪なる現象を信じるやと聞いて見た。すると心霊現象と云ふ事は勿論存在すると断言された。(略)わしなんか斯うして、此の部屋にヂーと坐つて居ても、ちつとも淋しいとは思はぬ。昼でも夜でも、好きな時に、昔馴染の娘でも後家さんでも、呼び出す事が出来る。(略)わしは一種の霊感によつて、これはと思ふ物を採集して来る。するとメツタに的は外れぬ。たとへ目的の物はなくとも、何か他の発見がある。わしは無駄足を踏まない。又吾輩が旅行から帰るとき、汽船が田辺から数丁の所まで来ると、家で何も知らず寝て居る妻の耳に、平常通りのわしの声で、今帰つたとはつきり聞きとれる。そこで妻は戸を開けて待つて居るのじや。こんな事位は一寸修養が出来てる人間なら、誰にでも出来る心霊現象じや。
極く寒い時高山へ登つて断食した者は経験する事だが、夜寝て居ると、自分の首がズーと延びて、戸外へ出る。それからグルリと右の方へ廻つて、其処に何と何があると云ふ事を見て来る。其時何かゴトとでも音がすると、首は吃驚してピヨイと返つて来るが、首は根本から数尺の点でピタリと止つて仕舞ふ。暫くすると又そろ/\延び出して此度は左の方面を観察する。と云ふ様な奇現象があるさうである。

熊楠の言う「心霊現象」がもう一つはっきりしないが、「心霊現象という事は勿論存在すると断言」とは驚きである。この訪問記は酒井の『薫苑夜話』(三笠書房昭和8年6月)や『悪魔学大全』(桃源社、昭和46年10月)にも収録されている。酒井とはどんな人物かと言うと、国会図書館のインターネット公開のダウンロード回数がトップとなり復刻版も出た『エロエロ草紙』の著者と言えば、あの人かとニヤリとする人も多いだろう。本誌に広告が載っているので、写真をあげておこう。ヌードの部分は自主検閲しました(´・_・`)
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(参考)日本におけるムー大陸の最初の紹介者三好武二と熊楠の出会いについては、「50年後の太平洋と1万2千年前のムー大陸を夢見た三好武二」参照。