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これも平安神宮の古本まつりでシルヴァン書房から入手した絵葉書。九州帝国大学農学部植物学教室の竹内亮宛である。未紹介だが竹内宛の絵葉書を既に1枚入手していて、名前は知っていた。発信者は、「台北ニテ」は読めるが、氏名が読めない。文面に「天草富岡半島植物小誌」ほか3篇の寄贈への礼があるので、植物学の先生だろう。第1候補は台北帝国大学理農学部又は附属農林専門部の先生だが、他の学校かもしれない。
裏面は、「台湾総督府始政第四十回記念」の絵葉書で、ガランビ灯台である。昭和10年に3種類発行された絵葉書の1枚である。また、前記論文は『九州帝国大学農学部学芸雑誌』6巻3号,昭和10年7月掲載である。これらのことから、絵葉書に3月3日とあるのは、11年3月3日ということになるか。
竹内の経歴は、ネットで読める小林純子「竹内亮先生の御逝去を悼む」によると、福井県出身*1で、北大農学部林学科卒業後、九大農学部植物学教室に勤務。その後、満洲に渡り林野局に勤務し、戦後も中国に留まり東北師範大学教授を務めた。昭和32年帰国し、昭和57年11月没。
京都帝国大学理学部嘱託だった田代善太郎の日記*2に、竹内が出てくるので紹介しておこう。
(昭和11年1月)
17.金. 8時の準急列車にて博多に至り土岐(義順)氏宅ついで修猷館をたづね転じて大学に至り、小島氏(均,九大) 竹内(亮)氏、金平(亮三)氏 初島(住彦)氏をたづね、竹内氏宅に至り女島の植物を見て、土岐氏宅に泊る。
(略)
(昭和15年4月)
8.月.(略)
博多駅に至り(略)九大の植物学教室に至り竹内(亮)氏採品を見(略)( )内は、編者による注
竹内の植物コレクションは、「竹内亮コレクション | 標本リスト | 植物・藻類 | 竹内亮コレクション | 九州大学総合研究博物館データベース」で見られる。
追記:菊地先生の御教示で、発信者は台北帝国大学理農学部教授日比野信一と判明。植物学第二講座担任・植物学第一講座分担。