神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

 市河彦太郎の変節


新年早々スメラ学塾昭和15年5月創設のスメラ学塾に講師として参加することになる市河彦太郎が、まだ文学青年の雰囲気を残していたと思われる頃の話。
野上弥生子の日記(『野上弥生子全集第2期第5巻』)によると、

昭和13年5月24日 六時半から帝国ホテルで外務省文化事業部の招待会。
         堀内次官、蜂谷第三部長、市河彦太郎課長が主人役、客は長谷川如是閑、田中耕太郎、辰野隆、八代さん、久松さん、秦豊吉、近東諸国への日本文化事業部に金を出してゐる三井さん。谷川さんそれに私。(略)
         とにかくこんなめつたに見られない人たちを見る事はよい経験になる。(略)市河さんは見せかけでなく気のよい人物らしい。あのまゝで外交官として出世が出来るかしらと心配になるほどである


野上の目には「気のよい人物」に見えた市河だが、11月10日に紹介したように旧友芹沢光治良にとっては変節したように見えたようだ。


(参考)野上と市河については5月2日も参照