神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

契丹古伝と竹内文献を繋ぐムー大陸幻想ーー「言説のキャッチボール」で拡大する偽史大系ーー

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 明日『ユリイカ』12月号の「特集偽書の世界」が出るようだ。私は一時期偽書、特に竹内文献等の超古代史物にハマっていたので、『歴史読本』の特集や原田実氏*1の著作は必ず買っていた。最近は、あまり関心もなくなり関係書もほとんど買わなくなってしまったが、今回の『ユリイカ』は面白そうだ。
 目次を見ると、庄子大亮「『失われた大陸』と『幻の偽書』」が載るらしい。庄子氏は、既に小澤実編『偽史言説:歴史語りのインテレクチュアル・ヒストリー』(勉誠出版、平成29年11月)に「『失われた大陸』言説の系譜ーー日本にとってのアトランティスムー大陸」を書いておられて、拝読させていただいた。
 さて、庄子氏や氏が参考にされた藤野七穂偽史と野望の陥没大陸”ムー大陸“の伝播と日本的受容」*2にも書かれていない日本におけるムー大陸受容史のエピソードを記録しておこう。
 一つは、荒深道斉『挙て磨け八咫鏡』(純正真道研究会本部、昭和7年12月)に、日本で最初にムー大陸を紹介した三好武二「失はれたMU(ルビ:ミユウ)太平洋上秘密の扉開く」*3が言及されていることである。そして、天津教に先んじてアトランティス大陸と共にムー大陸を自己の偽史大系に導入している。一時期は天津教とは距離を置いていた荒深ではある*4。しかし、『思想月報』89号(司法省刑事局、昭和16年11月)の「元天津教信者の言動並同教支持団体の動向」では、荒深の天孫文化研究会は天津教の支持団体とされている。これらのことから、荒深が直接にか間接にか、ムー大陸幻想に関して天津教に影響を与えた可能性がある。
 もう一つは、契丹古伝との関係である。浜名寛祐『上古に於ける我が祖語の本地及垂迹』(東大古族学会、昭和8年10月)の有賀成可「後にしるす」に次のような驚愕すべき記述がある。

 翻つて眼を西方に転じ、波斯湾頭に於ける太古のスメル族を観れば、是亦此の東大神族の一派に外ならずとするは、(略)決して盲断に堕した見ではあるまいと思ふ。それ故に、スメル族の文化伝統の下に人となつたイスラエル族の名祖以来、初期の同族が保有してゐた心理ーー祖先崇拝、家族主義、神の選民思想、自族の信仰確持等、幾多東大神族とその共通点を有する所以も、亦理解せらるゝ次第である。(略)
 ナイルの太古の文化や、クリート島のそれ等も、素より、或はミユーの東漸文化を加味したものとはいへ、スメル文化の西漸を否認し得ない以上は、太古に於ける東大神族の繁衍は、宛かも全世界に其の種子を蒔き付けたかの観がある。(略)

 前段の日猶同祖論も注目すべきだが、後段の「ミユー」に驚く。ムー大陸のことだろう。昭和8年の段階でムー大陸に言及するのは、荒深に続き天津教より早い。この有賀は、藤原明『幻影の偽書竹内文献」と竹内巨麿超国家主義の妖怪』(河出書房新社、令和2年1月)によれば、弁護士で昭和4年3月に鳥谷播山、中山忠也・忠直親子らと共に天津教の神宝を拝観している*5
 契丹古伝とムー大陸については、庄子氏も前記の論考で、藤沢親雄『世紀の預言』(偕成社昭和17年3月)中の、「蒙古に於いて発見せられた古代地図」によると、日本と陥没したミユウは陸続きの一大島嶼を形成していたという記述への注として、「偽書とされる『契丹古伝』が情報源であろうか」と指摘している。荒深道斉、天津教関係者(竹内巨麿酒井勝軍)、契丹古伝関係者(浜名寛祐、有賀成可)、藤沢親雄といった偽史関係者の間で、いわゆる「言説のキャッチボール」がなされ、ムー大陸幻想が拡大していったと思われる戦前のトンデモない世界。偽書の世界には、まだ多くの謎が残されている。

*1:学生時代、大阪で井村宏次先生の講演があって、仏教関係の話になった時に井村先生が「これは、龍谷大学の彼に代わりに説明してもらおう」と指名されていたのが、原田氏だったような。

*2:ジャパン・ミックス編『歴史を変えた偽書:大事件に影響を与えた裏文書たち』(ジャパン・ミックス、平成8年6月)所収

*3:サンデー毎日昭和7年8月7日号所収

*4:『純正真道』に酒井勝軍と荒深道斎の往復書簡 - 神保町系オタオタ日記」参照

*5:中山忠直の父中山忠愛=中山忠也だった - 神保町系オタオタ日記」参照