神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

オカルトに好意的だった冨山房の『国民百科大辞典』

『国民百科大辞典』10巻(冨山房昭和11年7月)に心理学者で早稲田大学文学部講師だった戸川行男が「念写」の説明を書いている。

ねん-しゃ[念写][[英]thought photography] (略)霊媒ノ思想又ハソレヲ通ジテ他人ノ思想ヲ写シウルトノ主張者ガ現レ、思想写真又ハ念写ナル名称ガ用ヰラレルニ至ツタ。(略)コノ現象ノ真偽ハ未ダ明白デナイ。[戸川]

戸川は、『日本心理学者事典』(クレス出版、平成15年2月)によれば、明治36年生、昭和4年早稲田大学文学部哲学科心理学専攻卒業、8年早稲田大学文学部講師、15年同助教授、20年同教授、平成4年没。福来友吉が東大を追われた大正4年*1以降、学界では千里眼や念写については否定派ばかりだったかと思いきや、真偽不明という中立的立場とはいえ、福来に好意的に見えてしまう。一柳廣孝先生の名著『<こっくりさん>と<千里眼>ーー日本近代と心霊学ーー』(講談社、平成6年8月)によると、千里眼事件最中の明治44年5月福来は恩師の元良勇次郎に「君の今の研究は、心理学者に同情がない」と言われたというが、福来に同情的な心理学者はいたのかもしれない。
百科事典と言えば、平凡社の『大百科事典』だが、第20巻(昭和8年7月)の「念写」を見ると、

ネンシャ 念写 Thought-photograph (略)初めてこれが可能を主唱したのは福来友吉であるが、実際にはまだ確実に証明されてゐない。(略)その後福来は、長尾郁子を指導して、次第に複雑なる文字や画像をさへ念写し得るやうに養成した。しかし、山川健次郎の立会実験の結果、長尾の念写は詭計(ルビ:トリック)であるといふことに断定せられてゐる。そののち福来は、更に高橋某女、三田光一等について、念写の可能を世に公表したが、いづれも実験がまだ不確実で、特に三田光一の念写は、東京の大日本衛生会館に於ける実験会で、その詭計であることが暴露された。(中村)

冨山房のものに比べると千里眼事件の経緯に詳しく、かつ、否定的な立場がうかがえる。平凡社の方は執筆者一覧が見つからなかったが、「中村」は物理学者で東京帝国大学名誉教授の中村清二だろう*2。念写については否定派だった。中村は冨山房の方の執筆者でもあったから、冨山房が戸川でなく彼に書かせていたら、まったく違った記述になっていただろう。
冨山房の執筆者は心霊現象などに好意的な人が多かったようだ。7巻(昭和10年9月)の「心霊写真」を見てみよう。

しんれい-しゃしん[心霊写真] 幽霊写真ノ一種。心霊現象ノ一デ、霊媒又ハ他ノ者ニ依テ、遠隔者ヤ死者ノ写真ヲ撮影スルモノ。(略)何レモ詐術問題ヲ惹起シタナドノ歴史ヲ有スルモノデ、近クハ我千里眼ノ念写等モ、之ニ含マルベキモノダガ、心霊学ガ尚充分発達シテ、客観的ノ説明ヲ為シ得ルニ至ルヲ俟ツベキモノデアラウ。[石原(保)]

心霊学の発達をまつというのは、充分心霊写真という現象に好意的に思える。執筆した石原保秀は明治10年生の医史学者。同辞典では「心霊療法」も執筆している。
そして、変態心理の中村古峡は「心霊物理現象」を担当。記述の末尾に「従来発表サレタ是等ノ現象中ニハ、詐欺又ハ手品ノ種ノアガツテヰルモノモアルガ、又、ドウシテモ詭計ノ存在ヲ否マザルヲ得ナイヤウナ神秘的ナモノモアル。[中村(蓊)]」とあって、これは心霊物理現象に随分好意的である。中村は「千里眼」も執筆している。2つの百科事典をみただけだが、もっと多くの事典でオカルト関係の項目を調べて比較したら面白そうだ。