神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

中山香橘宛森瀬雅介書簡に見る土鈴蒐集家のネットワーク


 中山香橘宛絵葉書がだいぶ前から出回っていて、寸葉さんやモズブックスの所には現在でも残っている。今回紹介するのはその絵葉書ではなく、愛知県一宮市の土鈴蒐集家森瀬雅介から中山宛の書簡群である。
 封筒1通と書簡12通で、平成28年下鴨納涼古本まつりで寸葉さんから、2500円で購入。一目で戦後の書簡と分かる物で、何故買ったのかよく分からない。原則として戦前の物を買っているので、今なら買わないかもしれない。封筒の切手が剥がされ、書簡にも月日の記載しかない。しかし、「徳間書店から土鈴の書物を出版する企画」や「昨年出版された『日本の凧大全集』」と書かれた書簡がある。前者は森瀬・斎藤岳南*1『日本の土鈴』(徳間書店、昭和52年9月)、後者は日本の凧の会編『日本の凧大全集』(徳間書店、昭和51年12月)と思われるので、全体的に昭和52年前後の書簡群と推測する。
 発信者で『日本の土鈴』の著者である森瀬の経歴は、同書によれば、明治40年岐阜市生まれ。京都帝国大学医学部卒の医学博士。昭和12年一宮で開業。土鈴に魅せられて蒐集すること50余年という。これに補足すれば、京大は昭和6年卒である。
 一方、受信者の中山は、奥村寛純編著『伏見人形の原型』(丹嘉*2、昭和51年3月)の「本書の編集に関係した人々」から要約しておこう。

中山香橘
明治28年10月5日 誕生
明治44年 京都市立商業実修学校専修科卒
? 京人形老舗の家業を継ぎ、京人形の普及発展とその育成に尽力
? 日本各地の郷土玩具に深い愛情を持ち、有坂与太郎、木戸忠太郎らと共にその追求・蒐集・普及にも多大の足跡を残し、「わらんべ会」など各郷土玩具研究グループにおいてその推進役の一人として、郷玩誌『わらんべ』編集等にも携わる。
終戦後 老舗は長兄の息に継承させ*3、自らは京人形と趣味玩具の店として有限会社中山童玩社を創設

 これに補足すれば、本名は孝吉郎。橋本章「郷土玩具蒐集家の時代ー朏健之助の活動と京都府所蔵「朏コレクション」からー」『朱雀』26号,京都府京都文化博物館,平成26年3月によれば、「わらんべ会」は朏、木戸、阿部四朗、若井寿之助と共に昭和16年に創立された。没年は、昭和57年。
 最近@wogakuzuさんが中山童玩社発の絵葉書を入手されていたが、国会デジコレで読める『京都商工人名録』(京都商工会議所、昭和44年9月)によれば昭和20年創立である。中山は、田中緑紅主宰の『郷土趣味』3巻5号(郷土趣味社、大正11年3月)で普通会員への会員申込者に名が見える。商売柄相当昔から趣味人・蒐集家と交流があったのだろう。
 個々の書簡の紹介は控えるが、名前の出てくる土鈴の蒐集家・製作者を順不同で挙げておく。蒐集家同士のネットワークが垣間見えて楽しい。なお、括弧内の地名は書簡に記載された住所地である。

楠トシエ(東京)
川西誠治(神戸)
阿南哲朗(北九州市小倉)
中原一晃(宇和島
松岡英之助(和歌山県九度山、故人)
宮崎宮司大阪府蜂田神社)
松岡嘉一路
野上泰次郎(和歌山) 
春風*4
東田清三郎*5
有岡米次郎
京橋初江
奥村寛純
伊藤蝙堂(四日市市富田)
藤井陶楽(四日市市羽津山)
中島佐十郎(故人)
中島一夫
朏健之助
木戸忠太郎
八木原村児
武井武雄
鈴木鼓堂
浅野信治(愛知県津島市

 ここで驚いたのは、京橋初江である。寸葉さんから入手した九十九黄人宛葉書の中に神戸市の京橋からの昭和45年と48年の年賀状*6があって、九十九を取り巻く若い女性ぐらいに思っていた。しかし、土鈴の蒐集家だったようだ。「人事興信録データベース」で検索する*7と、第8版(昭和3年7月)がヒットする。神港商業、帝国信栄、大森商会各取締役京橋繁蔵の養子初江(大正5年5月生)である。同一人物だろうか。
 書簡には、森瀬が昭和52年9月に大垣城で開催した「日本の土鈴展」に中山、京橋、奥村から貰った土鈴を展示した旨が記載されていた。この奥村の経歴は、『京洛おもちゃ考』(創拓社、昭和56年10月)によれば、次のとおりである。

奥村寛純
大正15年 現在の大阪府三島郡島本町
昭和27年 関西大学法学部卒
昭和56年現在 伏偶舎郷土玩具資料館館主、日本郷土玩具の会会員、全国郷土玩具友の会会員、郷土玩具文化研究会会員、近畿民俗学会会員、近畿民具学会会員

 平成21年に亡くなった奥村が昭和30年代から蒐集した郷土玩具コレクション約2万5千点は、平成16年に高槻市立しろあと歴史館に寄贈された。そのうち、伏見人形と土製・練り物玩具(東日本)について、高槻市文化財調査報告書が作成されている。朏のコレクションは、京都府立総合資料館(現京都府立京都学・歴彩館)に寄贈された。中山のコレクションはどうなったのだろうか。
参考:「昭和17年稲垣武雄ら郷土玩具誌『竹とんぼ』同人から中山香橘宛葉書 - 神保町系オタオタ日記

*1:『日本の土鈴』によれば、大正5年静岡市生。23歳の時から郷土玩具に興味を持ち、蒐集と研究に没頭。昭和16年以来郷土玩具の製作を始めた。

*2:寛永年間創業の伏見人形窯元

*3:山田徳兵衛校『京洛人形づくし』(芸艸堂、昭和13年12月)に「京都の人形老舗の一に、下京区土手町の芦田屋、中山庄三郎商店がある。御当主の伯父に当られる方に、中山香橘氏がおはし、夙に趣味家として有名」とあり、戦前既に継承させていたと思われる。なお、山田の中山宛昭和12年年賀状について、「『日本人形史』の山田徳兵衛から中山香橘宛年賀状(昭和12年)ーー百鈴会の川崎巨泉と中山香橘ーー - 神保町系オタオタ日記」参照

*4:村手春風と思われる。「大阪古書会館で『趣味の板郵便出品目録』 (昭和14年)を発見 - 神保町系オタオタ日記」参照

*5:南木芳太郎と宝船・土鈴蒐集家の東田清三郎(東田琴山人・東田吉児・梅廻家田舎・調亭歌升) - 神保町系オタオタ日記」参照

*6:写真を挙げた昭和48年の年賀状に「いなはた」とあるのは、兵庫県の稲畑人形の意と思われる。

*7:「京橋初江」ではなく、「京橋 初江」で検索する。