東京新聞は滅多に読む機会はないのだが、「大波小波」という匿名者によるコラム欄があるらしい。
篠田一士が「「大波小波」の五十五年」*1で次のように書いていた。
まあ、時効だから書いてしまうが、ぼくがこの欄の筆者だったのは、昭和三十年代後半から四十年代前半にかけての十年間だった。年に二回だったか、当時の執筆者全員があつまって飲む会があり、なるほどこういう方がと、名実ともに末席を汚していたぼくなどがおどろきもし、なるほど、これが文壇というものかと教えられるところ多多あったことを、いまとなっては感謝するばかりである、当時の列席者のなかで、亡くなった方お二人だけを挙げさせてもらえば、平野謙と吉田健一である。
篠田は昭和35年4月都立大学人文学部助教授、48年4月教授。
先日、誰そを「揶揄」したという「孫の手」氏は、どんな人かすら。
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