谷崎潤一郎が、昭和19年7月に限定自費出版した『細雪』上巻。配布先としては、宇野浩二、永井荷風、渋沢秀雄、志賀直哉らが知られているが、もう一人確認できた。木下杢太郎である。
谷崎潤一郎の「細雪」は嘗て其一部を中央公論で読んだことが有つたが、其時は前からの続き具合が分らず、甘蔗の尾より本に至る処の味を楽むことが出来なかつたが、近ごろ著者の自ら出版する所に係る限定板の一巻(上)を贈られ、折にふれて繙読し、今夜閲了した。(略)
石田幹之助君が午後立寄つてくれて、頃刻学藝の事を談じた。同君に谷崎の此本を貸してあげる約束をしたから、その夜病褥のうちで、急に読み残した分を読み了つたのである。(七月一日、日曜日)
「近ごろ」とあるので、木下に贈られたのは昭和20年に入ってからであろうか。
木下は、この翌日の昭和20年7月2日に柿沼内科に入院、同月18日退院するも、8月30日再入院し、10月15日に亡くなっている。
木下を通じて、谷崎ネタと石田ネタがつながったね。
追記:石田の昭和20年7月24日付け太田正雄(木下の本名)宛書簡*2によると、
拝呈 先日は御珍襲之「細雪」上巻御貸与を辱うし誠ニ難有うございました 非常ニ面白く拝見しました もつと早く御返璧可申上之処小生より先に娘が拝見してをりましたゝめ遅くなりました、