神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

『近代の仏教思想と日本主義』(法藏館)の栗田英彦「日本主義の主体性と抗争ーー原理日本社・京都学派・日本神話派ーー」への補足

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 御恵投いただいた石井公成監修、近藤俊太郎・名和達宣編『近代の仏教思想と日本主義』(法藏館)を読んでみました。巻頭の石井先生の総論「日本主義と仏教」が極めて行き届いた論文で圧巻でした。近代日本の仏教者・知識人と日本主義との関わりを分析した各論15の論文も刺激的なものが多かった。近代仏教の研究者に限らず、思想史や近代史に関心がある研究者や一般の読書人も是非読んでいただきたいものである。
 さて、人の論文に補足を書くのが、私の楽しみでもあり、敬意の表明でもある。今回は、栗田英彦先生の「日本主義の主体性と抗争ーー原理日本社・京都学派・日本神話派ーー」に補足してみよう。戦争末期に京都学派を抑えて思想的ヘゲモニーを握ったという日本神話派の佐藤通次に焦点を当てた論文である。佐藤は小宮山登編『創造的日本学:藤沢親雄遺稿』(日本文化連合会、昭和39年2月)に「藤沢さんとの交遊」を寄稿したり、片山杜秀『近代日本の右翼思想』(講談社、平成19年9月)に三井甲之と並んで取り上げられているという。私はどちらも読んだが、佐藤がこれほど注目すべき人物とは全然気付かなかったので感心した。
 藤澤は、従来偽史マニアや柳田国男との関係で大塚英志氏らが注目するぐらいであった。しかし、近年多様な研究者が言及するようになり、栗田先生も

藤沢は九大事件の当事者の一人で、契丹古伝や竹内文献などの偽史研究者としても知られる。佐藤に神道などの日本文化への目を開かせたのは彼だろう。(略)

と言及している。栗田先生も藤沢親雄研究に参戦されるとは、藤沢オタクの私としては頼もしい限りである。
 論文中で気になったのが、「言論報国会のメンバーは、敗戦後例外なく公職追放となった」という一文である。この「メンバー」は「役員・会員」と読まれかねない。「昭和二十二年勅令第一号公職に関する就職禁止、退職等に関する勅令の施行に関する命令」(昭和22年閣令内務省令第1号)別表第1の3で、時期の如何を問わず公職追放に関する覚書該当者となるのは、大日本言論報国会の1創立者、役員又は理事であった者、2要職を占めた者、3一切の刊行物又は機関誌紙の編集者、4自発的に多額の寄附をした者である。単に大日本言論報国会の会員であっただけでは、公職追放とはならない。おそらく「メンバー」は論文で言及したメンバーという意味であろうが、大日本言論報国会の役員だけでなく、日本神話派の田中忠雄を同会の会員として言及している。役員でない田中は当然公職追放になっていないはずで、『公職追放に関する覚書該当者名簿』(以下「名簿」という)に登場しない。このため、「例外なく公職追放」というのは、不正確な表現だろう。ちなみに、論文中に登場する人物の公職追放該当事項を名簿から拾うと、

・大日本言論報国会関係
徳富蘇峰(徳富猪一郎) 言論報国会々長
鹿子木員信 言論報国会専務理事正規海軍将校著書
津久井龍雄 推薦議員著書
斎藤忠 言論報国会常務理事著書
野村重臣 赤誠会要職者言論報国会常務理事
井沢弘*1 大日本言論報国会常務理事
斎藤しょう*2 日本出版会理事書籍部長著書大日本言論報国会理事
佐藤通次 著書大日本言論報国会理事
大串兎代夫 大日本言論報国会理事著書
高山岩男 記載なし*3
高坂正顯 言論報国会理事
・原理日本社関係
三井甲之 著書
蓑田胸喜 国体擁護連合会委員原理日本社主幹者
国民精神文化研究所関係
藤沢親雄 翼賛中央本部興亜局庶務部長東亜局庶務部長著書
紀平正美 著書

 栗田論文の最後には、今後の課題として、「日本神話派の思想も戦後という状況下で転形を被っているはずであり、それを見極めなくてはならない。また、佐藤以外の人物や、周辺人脈などまだまだ明らかにすべきことは多い」とある。研究の進展を期待しております。
 あと関連して、飯島孝良「禅・華厳と日本主義ーー市川白弦と紀平正美の比較分析を通じてーー」中の公職追放に関する記述にも補足しておこう。「戦後、GHQによって国民精神文化研究所は解散、紀平をはじめとした所員もことごとく公職を追放された」とある。国民精神文化研究所昭和18年11月に国民錬成所と統合されて教学錬成所となっているので、前段は不正確である。後段も前記命令別表第1の7で指定の基準として、昭和12年7月7日と16年12月7日との間における会長、専務・常務理事、重要理事、編集局長等が示されている。昭和12年7月より前の所員は、公職追放とならない。「情報官鈴木庫三とクラブシュメールの謎 - 神保町系オタオタ日記」参照

*1:名簿では、「伊沢弘」

*2:日偏に向

*3:大日本言論報国会理事で公職追放になっているが、名簿から漏れている。