一時期書物関係の本を手当たり次第に買っていたが、今田洋三『江戸の本屋さん:近世文化史の側面』(日本放送出版協会、昭和52年10月・平成4年6月12版)もその1冊である。江戸時代における京都書林の十哲の一つとして、平楽寺の村上勘兵衛が出てくる。村上家は日蓮宗学・天台学書の刊行へ進出し、寛文9年(1669)には「法華宗門書堂」刊と銘うって、日蓮宗学書43点、天台学書その他60点、計103点という驚くべき大量の書物の刊行を行ったという*1。今田は、
平楽寺とは屋号で、代々のフルネームは平楽寺村上勘兵衛なにがし、ということになる。この平楽寺書店はいまでも京都において営業をつづけていることは、すでにお気づきのことであろう。
と書いている。これはやや誤解を与える記述で、『京都書肆変遷史』によれば、大正2年12代村上勘兵衛は約300年続いた営業権すべてを井上治作に譲渡。井上は「平楽寺書店」として日蓮宗の経典と関係書を主に出版したという。
手元に明治期の平楽寺の「村上蔵版並発兌書目」がある。表紙がなく、発行年不明。幾つか調べた書物の発行年は明治20年代であった。「日蓮宗書籍之部」が60頁、「諸仏書之部」が8頁なので、明治期においても日蓮宗関係書に重点を置いていたことが分かる。その他、未刊行の写本を注文により謄写するとの広告もある。
もう1冊、何代目の村上か不明だが、平楽寺村上勘兵衛書店が発行した雑誌『求道』5号(明治45年1月)を所蔵している。毎月1回発行なので、明治44年9月創刊か。同時期に発行されていた近角常観の『求道』は「きゅうどう」と読んだが、本誌は「ぐどう」だろう。「過去一年」では、明治44年における日蓮主義宣伝の活動として、田中智学の国体擁護運動、清水龍山・柴田一能の夏期巡回講演、布教院同窓会の上野看花伝道、九州学友会の夏期伝道、神戸・千葉の共進会を機とする地方有志の布教、三保の夏期講習会、京都の日蓮主義講習会に言及している。
智学の「国体擁護運動」とは、大谷栄一『日蓮主義とはなんだったのか:近代日本の思想水脈』(講談社、令和元年8月)によれば、大逆事件の発生にショックを受けた智学による国体擁護の教化活動である。この村上が京都天晴会と関係があったかは、不明。本誌の「報道」で、村上が京都の聖祖門下同志会の会計をしていたことは分かる。
1号から4号までの目次も挙げておこう。
所蔵する図書館はどこにもなさそうだが、他の号も調べてみたいものである。
- 作者:大谷 栄一
- 発売日: 2019/08/22
- メディア: 単行本