神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

小谷部全一郎『日本及日本国民之起原』が発行10年後に発禁処分になった理由

小谷野敦久米正雄伝』491頁に「日ユ同祖論」が出てくる。昭和19年10月21日、いとう句会で日ユ(日本−ユダヤ)同祖論で盛り上がったが、久米だけがその本を知っていたという。この典拠は徳川夢声の日記で、

昭和19年10月19日 「日本及日本国民[之]起原」トイウ珍書ヲ見ル。大イニ面白イ。出雲族アイヌナリトイウ説。

    10月21日 いとう句会。(略)何かのキッカケから、例の日本人ユダヤ人同祖説の本を出して皆に見せると果然大反響だ。大変な本があつたものだと皆驚ろいていた。久米正雄氏一人だけ、この本の内容を知つていて「現在日本の朝野に、この説の信者が大分ある」と言う。

小谷部全一郎『日本及日本国民之起原』は厚生閣から昭和4年1月刊行。10年後の昭和14年に発禁処分を受けている。中山忠直が、戦後「天皇譲位論」でこの経緯について書いている。

ボクの自費で『わ(ママ)が日本学』を作らせるコトにしたが、そのコロのアリサマでわ、とてもボクの本当の研究をオオヤケにできぬと知つたので、小谷部の本が不完全と知りつつ、主としてカレの本によつた。けだしカレの本わ『賜天覧台覧』の朱字を押してあり、文部省のスイセン本で、その上TOYAMA・Mituru(頭山満)の題字がある。ソレでコレから引用すれば、発売禁止になるキケンもなく、また愛国団[体]から迫害されるオソレもないと思つたからだ。(略)しかるに思いかけなく、その安全第一主義の本が発売禁止になつて、本がほとんど全部製本所から没収されてしまった。それでボクわ内務省に抗議したら、10年マエの小谷部の本と、30年マエ(?)の飯田の本をさかのぼって、禁止して、ボクに対するベンカイにした。

中山の『我が日本学』(嵐山荘、昭和14年7月)は同月22日付で「我皇室の御先祖は「ヘブライ族」の渡来者にして、三種の神器は「ヘブライ王」所持の神器と合致すると論ず」として発禁。同書の「第十六章 日本がヘブライの正系たる証拠」の439〜446頁は、小谷部の書の「第十一章 日本及天孫民族の起原」を引用している。小谷部の書は同月25日「日本国民の起原をヘブライ人なりとし、三種の神器に対し荒唐無稽の説をなす 三四五、三四六頁、箱表紙、巻頭削除」として発禁。「飯田の本」は確認できない。発行から何年も経って発禁処分を受ける例があるが、この事例のように、引用した本を発禁にする関係で、引用元の本も発禁にした例があるようだ。

(参考)
東日本大震災の発生で延期されていた浅岡邦雄先生の講演「戦前期の出版検閲と法制度」が7月にあるようだ。書物蔵氏、森洋介氏、tsysoba氏が出現するか。

ミニ展示:出版検閲へのアプローチ
― 2009・2010年度「内務省委託本」調査報告 ―

 戦前期の日本では、内務省があらゆる出版物の検閲を行っていました。その実態を解明する上で、千代田図書館が所蔵する内務省委託本は、きわめて貴重な資料です。

 このミニ展示では内務省委託本の特徴および、実際に内務省委託本を扱った調査の事例として高橋是清の著作『随想録』や、『女優情史』 『探偵常識』などに残された傍線やコメントへの考察をご紹介します。

期間 2011年6月27日(月)〜8月27日(土)
場所 千代田図書館 9階 セカンドオフィスゾーン内 ミニ展示コーナー

<展示関連講演会>
「戦前期の出版検閲と法制度」のお知らせ

 戦前期の出版検閲は法によってどのように規定され、検閲を行った 内務省図書課はいかなる機関だったのか。 出版法制、組織体制、そして様々な禁止処分の形を通して、昭和初期を中心に出版検閲の実態についてお話します。
(3月11日の震災により延期となっていた講演会です)

開催日時 2011年7月2日(土)14:00〜16:30
開催場所 千代田図書館 9階 特設イベントスペース (13:30開場)
講  師 浅岡邦雄氏 (中京大学文学部准教授)
定  員 60名(当日先着順・事前申込不要・参加無料)
お問合せ 千代田区千代田図書館
共  催 神田雑学大学