神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

ムー大陸の紹介者片岡貢司=片岡貢


幸田露伴の知人に、戦前ムー大陸を紹介した片岡貢司なる人物がいたことは2006年6月15日同年11月4日昨年11月13日に紹介したところである。この人らしき人物が斎藤茂吉の日記に出ていた。

昭和19年10月31日 ○露伴先生ニ招ガレ晩餐、(内田誠明治製菓株式会社。南方調査会理事片岡貢、公論秋元、中央公論社松下英麿ト予ナリ)文子サンノ材料豊富ナル西洋料理、日本酒、ウイスキー

「貢」と「貢司」の違いはあるが、貢司がムー大陸を紹介した『公論』誌の記者(?)も出てくるので、同一人物ではなかろうか。また、国会図書館雑誌記事索引*1によると、片岡貢司は『経済往来』に「スターリンは果たして病死か」(1953年7月号)などを、片岡貢は同誌に「スターリン否定の歴史的過程」(1956年4月号)などを執筆。同図書館の著者標目によれば、典拠不明なるも片岡貢は1903年生まれ。小島威彦と同年の生まれということになる。


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ユリイカ』2月号は特集「日本語は亡びるのか?」。それはどうでもいいのだが、次号は諸星大二郎特集!あれ、初めての特集だっけ?


田中貴子先生とほうき→「http://www.kyoto-np.co.jp/info/culture/tanakatakako/090115.html

*1:ここで「片岡貢司」がヒットすることは書物蔵さんの御教示。