里見紝が漢口会に出席していたことから、漢口に従軍していたと思ってしまった*1が、小谷野氏の教示のとおり、派遣されていなかった。昭和13年8月27日付け東京朝日新聞夕刊によると、「文士聯隊」のメンバー22名は、
菊池寛、久米正雄、吉川英治、白井喬二、吉屋信子、佐藤春夫、川口松太郎、北村小松、杉山平助、岸田國士、片岡鐡兵、林芙美子、小島政二郎、尾崎士郎、瀧井孝作、富澤有為男、中谷孝雄、丹羽文雄、深田久彌、濱本浩、浅野晃、佐藤惣之助
ただ、同月25日付け同紙朝刊に候補者として、中村武羅夫、長谷川伸、川端康成、武田麟太郎、林房雄、中川與一、豊島與志雄、木村毅、廣津和郎などとともに里見の名前も見える。
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『これから出る本』6月上期に猫猫先生の『猫を償うに猫をもってせよ』(白水社)が挙がっていた。同誌に掲載された頃にはとっくに発売されている事が多いが、同社のホームページによると確かに6月刊行予定とある。
(参考)『これから〜』には「もてない男が縦横無尽に語る過激なエッセイ」とある。