宮本百合子の詳しいことについては、田村先生(小谷野敦「山室なつ子の生涯」)に聞いてほしい(笑)が、女史の日記に『婦人画報』の女記者が出てきた。
大正11年2月8日 ○又びしょびしょ雨で陰気な日だ。昨日来た、『婦人画報』の記者は、女、大、で一緒であった堀越氏であった。まるできれいになり、華やかになり見違えてしまった。四月に原稿を三十枚と云う。引越しさわぎで「火のついた踵」も、ものになりそうにないから、書くことにする。
注によると、「女、大」は日本女子大学*1のことで、「四月に原稿」は『婦人画報』四月号に掲載された「黄昏」のこと。
グレさん(坂本紅蓮洞)も女記者はポンジョ出が多いと言っていたが、堀越という女記者も日本女子大出身のようだ。
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『出版ニュース』1月上・中旬合併号の今年の執筆予定で武藤康史氏が挙げている『志賀直哉宛書簡集』(一部分を担当)というのは、過去のものより大幅に収録数が増えるのかしらね。ちなみに、氏はほかに、○都立高校の歴史、○吉田健一伝、○辞書史などとしている。