神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

黒岩さんと茅原健氏

日本古書通信』9月号の茅原健「書架拾遺」75は「茅原崋山『銀杏の葉陰』」。この本は、黒岩比佐子さんのブログ「古書の森日記」2007年05月26日でも紹介されているが、茅原氏は、黒岩さんとは一度メールの交換をしたことがあるという。黒岩さんの『編集者国木田独歩の時代』で、坂本紅蓮洞が近事画報社の社員を紹介した記事の中に「茅原緑」という人物が実業画報を担当しているが、「経歴は不詳」としていたので、茅原氏(崋山の孫)が、茅原緑は、崋山の実弟日本評論社の創業者茅原茂かもしれないと、黒岩さんのブログに投稿したことが、きっかけだったらしい。

茅原氏のコメントは、「古書の森日記」の2008年12月11日分にある。

Posted by 茅原健 2008年12月14日 14:23
『実業画報』を検索したらここに到着。しかし、これは2004年頃のものと気づき、改めてコピーした次第。小生は、明治・大正期のジャーナリスト茅原華山の孫(1934生)です。御高著『編集者国木田独歩の時代』に、「茅原緑」という人物が登場し、「経歴不詳」となっています。これは、もしかすると、華山の実弟「茅原茂」ではないか、と思っています。というのは、茂は新聞記者として『大阪新報』などにいたことがあり、また、博文館の『少年世界』などに、小松蘭雪の筆名で少年読み物を書いています。この茂は、新宿時代に「大久保文学倶楽部」を岩野泡鳴らと主宰します。その頃、独歩社にいたとういことを窪田空穂の文章で読んだことがあります(「思い出す人びと」?この文章が載っている本が見つかりません)。茂は、のちに、日本評論社を創設します。「緑」というのは、別号か、または、紅蓮洞の誤記か、と見当をつけていますが。貴女様の精力的なお仕事に注目しております。

黒岩さんが亡くなってから一年近く経つが、ここにも黒岩さんを偲ぶ人がいた。