神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

プラトン社の『苦楽』創刊

daily-sumus」によると、

アトリエ箱庭の主催で下記のような催しを行います。ぜひご参加ください。

◉ プラトン社  大大阪モダニズム出版社
◎講 師=小野高裕プラトン社コレクター)、林 哲夫(画家、装丁家
◎と き=4月7日(土) 午後7時15分〜 開場:午後7時
◎ところ=大阪名品喫茶・大大阪北区中之島3-6-32 ダイビル本館1F
◎会費=1,500円(要予約)

岡本綺堂日記』(青蛙房、昭和62年12月)で、プラトン社の『苦楽』創刊について言及されているので、紹介しておこう。

大正12年10月10日 プラトン社の川口松太郎君が小山内薫君の紹介状を持参、大阪の同社では在来の「女性」のほかに高等通俗雑誌を発行することになつたので、予に連載小説をかけといふ。承諾。額田にも読切小説をかいてくれるやうに頼んでくれといひて、川口君は一時間ほど話して帰る。


大正12年11月24日 プラトン社の川口君から原稿*1うけ取りの郵書が来た。その雑誌の名は「苦楽」ときまつたらしい。


出版社の「青蛙房」は、「せいあぼう」と読む。それを知るまでは、「あおがえるぼう」と思っていたよ(汗


(参考)『岡本綺堂日記・続』(青蛙房、平成元年3月)には、

昭和2年7月16日 プラトン社の指方君*2が来て、「苦楽」に何か寄稿してくれといふ。目下浄書中の喜劇でよければ寄稿すると答へて置く。


昭和2年7月19日 「後日の長兵衛」を訂正、これは「苦楽」の方へまわす原稿である。


昭和2年7月25日 四時ごろにプラトン社の指方君が来て、「後日の長兵衛」の原稿を受取つてゆく。


昭和2年8月13日 プラトン社から「後日の長兵衛」の原稿料を送つて来たので、返書。


プラトン社と坪内逍遥については8月23日参照。
プラトン社と斎藤茂吉については9月6日参照。
プラトン社と東郷青児については9月10日参照。


追記:石原千秋『百年前の私たち 雑書から見る男と女』(講談社現代新書)を見る。漱石の研究者らしい。立ち読みしたが、ちと興味を引かれる内容だった。
本書といい、小谷野敦「リアリズムの擁護」(『小説トリッパー』2007年春号)といい、花袋『蒲団』に関する話題をよく見かける今日この頃。

*1:『苦楽』創刊号(大正13年1月)に「桐畑の太夫 三浦老人昔話−その一」として掲載。

*2:指方龍二。後の春陽堂『ユーモアクラブ』編集長