神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

臨川書店の古書バーゲンセールでまさかの『ボルネオ新聞』と『ジヤワ新聞』

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一昨年臨川書店の古書バーゲンセールでは目を疑うような出品があった。『ボルネオ新聞』と『ジヤワ新聞』である。どちらも龍溪書舎から復刻版が出ているが、原本は朝日新聞社大阪本社が持っているぐらいか。それは大阪市有形文化財に指定されている。
見つけたのは、ボルネオ新聞が1号(昭和17年12月8日)、4号(同月11日)、5号(同月12日)、6号(同月14日)で一括800円。ジヤワ新聞が2号(同月9日)、3号(同月10日)で一括800円。店内の和本コーナーにあって、1度目には気づかず、2度目に発見した。よく残っていたものだ。丸められていて、状態もよくないが、古書あじあ號なら何万円付けるだろうか。臨川さん、大盤振る舞い過ぎる。旧蔵者は朝日新聞社の関係者か新聞コレクターだろうか。戦前の新聞コレクターは大勢いるだろうが、これらを持っている人は存在するかしら。
写真は、大東亜戦争開戦1周年記念日である昭和17年12月8日に創刊された『ボルネオ新聞』1号。登る太陽は赤色に刷られている。その後、登った太陽は大日本帝国の戦艦とともにあっけなく沈んだ。

杉浦非水装幀のドストエフスキー著・三浦関造訳『カラマゾフの兄弟』(金尾文淵堂、大正3年)

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先日の大阪古書会館たにまち月いちの古書即売会では、ある雑誌の創刊号を拾ったが、それについては別途皆さんが知る機会があるかもしれない。今回は、矢野書房出品のドストエフスキー著・三浦関造訳『カラマゾフの兄弟』第1巻(金尾文淵堂、大正3年10月)。箱の背欠、裏見返しに「近藤蔵書」印。端本だし、迷ったが何しろ金尾文淵堂本で300円なので購入。木股先生が先に見つけていたら買っていただろうか。装幀杉浦非水、口絵岡野栄。かわじもとたか氏の労作『続装丁家で探す本追補・訂正版』(杉並けやき出版、平成30年6月)に杉浦装丁本は268冊挙がっているが、本書は含まれていない(←正編の方に挙がっていました。)。なお、三浦関造の兄、三浦修吾訳のエドモンド・デ・アミーチス『愛の学校』(文栄閣・春秋社、明治45年6月)が挙がっていた。ちなみに、かわじ氏の本は自費出版でかろうじてまだ在庫はあると思うので、品切れて古書価が高くなる前に買っておこうね。
本書については、「三浦関造とカラマゾフの兄弟」で紹介したことがある。確か、萩原朔太郎が読んだドストエフスキーはこの三浦訳だったと思う。

続装丁家で探す本 追補・訂正版

続装丁家で探す本 追補・訂正版

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『北方人』31号(北方文学研究会)を御恵投いただきました。盛厚三様、いつもありがとうございます。
・釧路文学館で10月26日から3ヶ月間「中戸川吉二展」開催とのこと
西荻モンガ堂で4月18日(木)から5月12日(日)まで(水曜定休)「追悼 上野紀子装丁本展」開催とのこと。かわじ氏の企画。私も見に行く予定です。

究極の精神療法ーー川上又次「日本心象学会」による遠隔施術ーー

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寸葉会で川上又次の日本心象学会関係史料を拾う。2,000円。何回か見かけたが、やや値が張るので買うまで時間がかかった。吉永師匠なら速攻で買っただろうか。写真の『遠隔施術申込書』のほか、昭和2年8月付け大阪の西川某宛の封筒や送り状もあった。送り状には「本療法に就いて精記せる『霊気療法と其効果』」を同封した旨が書かれているが、冊子はなかった。また、西川某は遠隔施術を申し込んだようで、同学会附属施術部からの通知書もあって、同月22日午後8時30分から30分間と今後7日間同時刻に施術する旨が書かれていた。「遠隔施術とは究極の精神療法だなあ」と感心して、購入。
「精神療法」については、昨年刊行された好著、大谷栄一・菊地暁・永岡崇編著『日本宗教史のキーワード 近代主義を超えて』(慶應義塾大学出版会、平成30年8月)に平野直子先生が執筆しておられる。この中で「「暗示」「催眠」「お呪い」「信仰療法」といった言葉が示すように、ここ*1で言う精神療法は精神に働きかける*2、あるいは精神を操作して心身の不調を治す方法」としておられる。平野先生の言う「働きかける」あるいは「操作」する「精神」は、どちらも被術者の精神と読める。しかし、同書の吉永進一「霊術」には、「精神療法とは、信仰や暗示などの心理操作を用いる療法であると同時に、精神力という未知のエネルギーを用いる治療でもあった」とあり、術者の精神(力)による治療という側面もあったはずである。もっとも、平野先生の言う「精神」のうち後者の「精神」を術者の精神と解すればよいのかもしれない。
被術者と対面せずに行う遠隔施術(遠隔治療)については、かつて京大UFO超心理研究会において新入生を連れて行くのが恒例であった生体エネルギー研究所々長の井村宏次先生の『霊術家の黄金時代』(ビイング・ネット・プレス、平成26年5月)「第三章清水英範と霊術家の時代」に次のようにある。

遠隔治療=患者の氏名生年月日と病名を知らせると術者が治療念力の送念時間を返信してくる。約束の時間に患者と家庭は祈りの受入体制をととのえて待つ。一方、術者は治療念力を込めることになっている治療方式で当時広く行われた。術者が念じやすいように写真や肌着を送ることもあったーー筆者注

遠隔治療は、交通不便地に住む患者や重篤で身動きできない患者には便利であっただろう。もっとも、何月何日何時に念じておくよと言われてもあまり有り難みはなく、やはり難病も治したと噂の先生に対面して、手をかざして貰ったり、祈って貰った方が痛みが緩和したり、動かなかった部位が動くようになった気がするかもしれない。そのため遠隔治療は流行らなかったのではないかと思ったが、そうでもなかったようである。井村先生が引用する霊界廓清同志会編『破邪顕正霊術と霊術家』(二松堂書店、昭和3年6月)「鈴木精神療養院主鈴木天来」の項には、

誰れやらが、遠隔治療を罵つて、
 其の時間術士茶の間で昼寝かな
と駄句つたのを見たことがある。これを知らないものは、広告にツラれて遠隔治療を頼むらしい(略)
同君は(略)毎月主婦之友社に「遠隔治療」の広告を出して居る。そして同誌の読者には可成り依頼者もあるやうだ(略)

とある。まさしく、「信じる者は救われる」である。

日本宗教史のキーワード:近代主義を超えて

日本宗教史のキーワード:近代主義を超えて

*1:文藝春秋昭和10年4月号「民間療法批判座談会」と昭和8年日本医師会の資料

*2:「働きかける」に傍点

明治34年1月京都府立図書館へ通う山本宣治

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今年は山宣こと山本宣治の生誕130年・没後90年らしいので、宣治と京都府立図書館の関係についてアップしてみよう。
『山本宣治全集』6巻(汐文社、昭和54年10月)で大正3年7月17日付け竹久夢二宛山本宣治書簡へ次のような注がある。

(略)夢二と宣治との交際は、一九一二年十一月二十三日から十日間京都岡崎で開かれた第一回夢二作品展覧会を宣治が見に行った時にはじまる。夢二は明治三十二年に神戸中学に入学し、八ヶ月で中退しているから、宣治と中学で一緒にはならなかったが、種々の点で意気投合し、宣治に招かれて、一九一三年の正月二日から五日程花やしきで正月をすごした。この時に夢二は後に宣治夫人となった千代の絵を描いている。(略)

宣治と夢二が出会った京都府立図書館。宣治はいつから府立図書館に通っていたか調べてみよう。同書所載の日記によれば、

(明治三十四年)
一月十五日(火)
(略)
入費 二銭図書館
雑事 (略)午後図書館ニ行ク(略)
自修 『暗黒阿弗利加』等ヲ読ム
(略)

一月十七日(木)
(略)
入費 十六銭図書館十回券
   夜図書館ヘ行ク
(略)
自修 『日本画初歩』『日本城郭誌』『写真ト幻燈』『大絃小絃』『相撲ト芝居』『大日本地名辞書』ヲ読ム
(略)

当時宣治は京都市立第二高等小学校の生徒。ここに出てくる図書館が京都御苑内にあった府立図書館であることは、『京都府立京都図書館一覧』(京都府立京都図書館、明治42年4月)の京都府立図書館規則で確認できる。第4条によれば、普通回数券の1回券が2銭、10回券が16銭である。後年の値段ではあるが、日記中の金額と一致する。これにより、宣治は遅くとも明治34年1月には府立図書館に通っていたことが推定できる。
なお、写真は「京都府立図書館 岡崎110年」展のパンフレットである。今年は現在地である岡崎に府立図書館が移転した明治42年から110年に当たる。

白洋舍のPR誌『白洋舍だより』の表紙に魅せられる

f:id:jyunku:20190323172345j:plain『白洋舍だより』1巻2号(白洋舍)。平成29年にタツタビルのイベントに出店していた古書鎌田から購入、500円。表紙の絵だけ見ると戦後のものかと思ってしまうが、上部に「戦時被服国策に順応して」とあるように戦前の昭和13年8月発行。内容は、

時局と家庭経済 大妻コタカ
白洋の歌 堀口大学
夏の御遊び着 宮崎健一
白洋舍グラフ
洗濯資料陳列館
御家庭の栞
白洋舍だより・読者の頁

で、12頁。「洗濯資料陳列館」は、文部省嘱託青木良吉、東京女子専門学校講師山下栄三、白洋舍社長五十嵐健治の提唱により、白洋舍の多摩川工場(蒲田区丸子町)構内に陳列館2棟ができたとある。既に2回の家庭洗濯科学展覧会を開催。役員は、

館長 山口貴雄
常務理事 山下栄三
〃    青木良吉
〃    五十嵐健治
顧問 本野久子
〃  吉岡弥生

白洋舍のホームページによれば、今も五十嵐健治記念洗濯資料館が下丸子の白洋舍本社内にあるようだ。
本誌は国会図書館サーチやCiNiiではヒットしないが、「日本の古本屋」に白洋舍のPR誌『HAKUYO』1巻1号(昭和9年以降)、8頁が2万円で出ている。書影を見ると、雰囲気は全然異なっている。本号の表紙を描いた画家は不明だが、現在でも十分通用するというか、むしろ当時は評価されなかった無名の画家だろうが、今なら漫画家としてやっていけそうな画力があると思う。

『現代猟奇尖端図鑑』(新潮社、昭和6年)の内容見本ーー尖端人たるを望まぬ人は見るなーー

f:id:jyunku:20190322190616j:plainいっぱしの古本者になると、持っていたくなる佐野繁次郎装幀の『現代猟奇尖端図鑑』(新潮社、昭和6年4月)。もっとも、「猟奇」というだけで毛嫌いする人も多いだろう。割合よく見かける本で、入手困難ではない。私は特に持っていたいとは思っていなかったが、善行堂で勧められて函付きを1万円で購入。相場よりやや安いとはいえ、高額品なので迷ったが内容見本付きが決め手。本書を持っている人は山ほどいるだろうが、内容見本を持っている人はいるだろうか。表面上部の写真を挙げておくが、裏面もある。「猟奇界の騎士悉く登場‼見よ大附録の壮観を‼」の惹句で附録*1の紹介のほか、実際には採用されなかった女性の写真も載っている。ここでは、「現代猟奇尖端図鑑十戒」が面白いので紹介しておこう。

1 血圧の高い人は見るな
2 心臓に自信のない人は見るな
3 貧血症の人は見るな
4 時間を吝む人は見るな
5 仕事をしかけた人は見るな
6 子供の前では見るな
7 奪合ひになるから、一度に二人で見るな
8 ランデヴーには鎮静剤を用意せずして見るな
9 官能的の快感を希はぬ人は見るな
10 尖端人たるを望まぬ人は見るな

ところで、明日・明後日同志社大学で大正イマジュリィ学会第6回全国大会の国際シンポジウム「戦間期東アジアにおける大衆的図像の視覚文化論」中で「流布されたエロ・グロ・ナンセンスーー『現代猟奇尖端図鑑』と新聞広告」(名古屋芸術大学准教授松實輝彦)があるようだ。新聞広告ではないが、松實先生は内容見本を御覧になられただろうか。

*1:本書は、本篇246頁と附録46頁の両方で1冊の構成

からふね屋印刷所の堀尾幸太郎と白川書院の臼井喜之介

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百万遍の吉岡書店の外の台*1で『東京と京都』125号(白川書院、昭和36年5月)を見つける。編集兼発行者は臼井喜之介。「武林無想庵の渡仏を助けた京都初の洋画商三角堂の薄田晴彦」で言及した島岡剣石が「京の夜店」を書いていたので購入、300円。内容は、ワキヤ書房の脇清吉の話で素晴らしい。

今から数十年前になろうか(略)その頃河原町に河ブラと言う夜店が開かれた。(略)この古本屋の一人に脇清吉と言うハンサムなインテリ風の青年がいた。私はその頃洋書のワイ書を蒐集するクセがあって、この青年に依頼しておくと何処かで手に入れて届けてくれる。印度の性典「カーマーストラ」や「アナンガランカ」を読んだのも脇君のお蔭であった。(略)脇氏は夜店主人となる迄九州の新しい[ママ]村の、武者小路さんの理想村同人の一人だった。だがこの理想部落に幻滅を感じて京へ来て露店商人になったと言うのだ。彼はその後数年にして加茂で大きな古本屋を開き、落魄して叡山天暦寺に寄寓していた武林夢[ママ]想庵先生を自宅に引とって世話をしていた事もある。(略)

島岡と無想庵、無想庵と脇*2がそれぞれ繋がることは分かっていたが、島岡と脇が繋がるとは。それもエロ本が取り持つ仲とは・・・狭い京都では、本好きの人間同士が知り合いになる確率は昔も今も高いのであろう。なお、島岡の記憶は混乱しているようで、無想庵が娘のイボンヌを偲んだ歌を島岡の家で詠んだとしていたのをここでは脇の家で詠んだとしている。京都の書店史や出版史を調べようと思ったら、『洛味』や『京都』(一時『東京と京都』に改題)を通覧する必要がありそうだ。
ところで、本誌の奥付を見るとこれまた驚いた。「『書物礼讃』を印刷した唐舟屋印刷所の堀尾幸太郎・緋紗子兄妹ーー高橋輝次『古本こぼれ話<巻外追記集>への更なる追記ーー』」で紹介した株式会社からふね屋の印刷である。本誌には印刷者の記載はないが、同時に入手した『京都』30号(昭和28年4月)には印刷者「からふね屋印刷所/堀尾幸太郎」とあった。現社長の堀尾武史氏にいただいたコメントによると、幸太郎は画家の津田青楓やその兄西川一草亭と親交があったという。臼井と親しくしていても何の不思議もないわけだが、いつから交流があったのだろうか。
(余談)昨年は新しき村100年の記念事業があったが、行けなかった。私が関心を持つ人は不思議にしばしば新しき村の関係者だったりする。「関根喜太郎の幻」「飛鳥園内新しき村奈良支部の新藤正雄宛柳宗悦講演会の案内葉書」「八巻三兄弟ーー八巻穎男(関西学院教諭)・八巻凡夫(『白樺』編集部員)・八巻経道(博文館編集主幹)ーー」を参照されたい。

*1:割安だが、均一台ではなく本により値段が異なる。

*2:ワキヤ書房の脇清吉とイスクラ書房の黒木重徳」参照