神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

からふね屋印刷所の堀尾幸太郎と白川書院の臼井喜之介

f:id:jyunku:20190321190711j:plain
百万遍の吉岡書店の外の台*1で『東京と京都』125号(白川書院、昭和36年5月)を見つける。編集兼発行者は臼井喜之介。「武林無想庵の渡仏を助けた京都初の洋画商三角堂の薄田晴彦」で言及した島岡剣石が「京の夜店」を書いていたので購入、300円。内容は、ワキヤ書房の脇清吉の話で素晴らしい。

今から数十年前になろうか(略)その頃河原町に河ブラと言う夜店が開かれた。(略)この古本屋の一人に脇清吉と言うハンサムなインテリ風の青年がいた。私はその頃洋書のワイ書を蒐集するクセがあって、この青年に依頼しておくと何処かで手に入れて届けてくれる。印度の性典「カーマーストラ」や「アナンガランカ」を読んだのも脇君のお蔭であった。(略)脇氏は夜店主人となる迄九州の新しい[ママ]村の、武者小路さんの理想村同人の一人だった。だがこの理想部落に幻滅を感じて京へ来て露店商人になったと言うのだ。彼はその後数年にして加茂で大きな古本屋を開き、落魄して叡山天暦寺に寄寓していた武林夢[ママ]想庵先生を自宅に引とって世話をしていた事もある。(略)

島岡と無想庵、無想庵と脇*2がそれぞれ繋がることは分かっていたが、島岡と脇が繋がるとは。それもエロ本が取り持つ仲とは・・・狭い京都では、本好きの人間同士が知り合いになる確率は昔も今も高いのであろう。なお、島岡の記憶は混乱しているようで、無想庵が娘のイボンヌを偲んだ歌を島岡の家で詠んだとしていたのをここでは脇の家で詠んだとしている。京都の書店史や出版史を調べようと思ったら、『洛味』や『京都』(一時『東京と京都』に改題)を通覧する必要がありそうだ。
ところで、本誌の奥付を見るとこれまた驚いた。「『書物礼讃』を印刷した唐舟屋印刷所の堀尾幸太郎・緋紗子兄妹ーー高橋輝次『古本こぼれ話<巻外追記集>への更なる追記ーー』」で紹介した株式会社からふね屋の印刷である。本誌には印刷者の記載はないが、同時に入手した『京都』30号(昭和28年4月)には印刷者「からふね屋印刷所/堀尾幸太郎」とあった。現社長の堀尾武史氏にいただいたコメントによると、幸太郎は画家の津田青楓やその兄西川一草亭と親交があったという。臼井と親しくしていても何の不思議もないわけだが、いつから交流があったのだろうか。
(余談)昨年は新しき村100年の記念事業があったが、行けなかった。私が関心を持つ人は不思議にしばしば新しき村の関係者だったりする。「関根喜太郎の幻」「飛鳥園内新しき村奈良支部の新藤正雄宛柳宗悦講演会の案内葉書」「八巻三兄弟ーー八巻穎男(関西学院教諭)・八巻凡夫(『白樺』編集部員)・八巻経道(博文館編集主幹)ーー」を参照されたい。

*1:割安だが、均一台ではなく本により値段が異なる。

*2:ワキヤ書房の脇清吉とイスクラ書房の黒木重徳」参照