
特定非営利活動法人向日庵の機関誌『向日庵』7号(向日庵、令和6年3月)を御恵贈いただきました。ありがとうございます。「編集後記」では、寿岳文章を論じた記念碑的な2著として、高木博志編『近代京都と文化:「伝統」の再構築』(思文閣出版、令和5年8月)と島貫悟『柳宗悦とウィリアム・モリス:工藝論にみる宗教観と自然観』(東北大学出版会、令和6年2月)が紹介されている。前者には、高木「一九四〇年代の寿岳文章ー日本主義と民主主義」が収録されているのである。
高木論文には、昭和8年寿岳が南禅寺僊壺庵から向日庵へ移った向日町について、寿岳のほかに狩野直喜や河合卯之助が居を移したとある。寿岳と河合の関係については、私は「京都古書会館の古本まつりで河合卯之助の葉書を - 神保町系オタオタ日記」で言及したことがある。その後、河合が主宰した雑誌『窰:向日窯陶誌』4号(向日窯、昭和38年11月)をハナ書房から入手したので、紹介しておこう。非売品で48頁、編集兼発行人は、上田森蔵である。目次を挙げておく。

日記や書簡好きのオタどんとしては、河合「窯間日記抄」と菊童*1編「書簡集」に注目。後者には、川西英、大西良慶、小川千甕、山田一夫、安田青風、中村桃生(便利堂社長)らの書簡が掲載されている。千甕の書簡は、『窯』春の巻に寄稿が掲載された御礼である。そこで、3号(春の巻)を所蔵する民博図書室で見てきた。昭和38年3月発行で、千甕の「『窯』編集のおかたへ」が掲載されていた*2。これは、『縦横無尽:小川千甕という生き方』(求龍堂、平成26年11月)の橘川英規編「小川千甕書誌」に未記載なので、補足としておこう*3。西行堂でのスケッチ(キャプションでは大正4年、本文では大正9年)も載っている。
山田一夫書簡の住所は京都市で、『夢を孕む女』や『配偶』の著者である山田かもしれない。河合と山田の関係は、不明。味の素食の文化センターが所蔵する『食道楽』2年6号(昭和12年6月)掲載の「食道楽座談会」に両者の名前が見えるので、その時以来の仲かもしれない。
残念ながら、3号・4号には寿岳の名前はなかった。しかし、大久保久雄・笠原勝朗編『寿岳文章書誌』(寿岳文章書誌刊行会、昭和60年1月)によれば、2号(昭和37年11月)に「ひとときを永遠に」を寄稿している。河合と寿岳の関係は、柳宗悦・芹沢銈介・河井寛次郎と寿岳の関係に比べれば薄かったであろうが、もっと語られるべきであろう。向日市文化資料館には、河合に関する展覧会を期待しておこう。
なお、ググると10年前オークションに1号~4号、特別号(昭和40年、河合卯之助喜寿記念)、『偲び草』(昭和43年、夫人追悼誌)が出ていたようだ。買ったのが研究者で、何らかの形で発表されればよいが。
