神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

明治34年1月京都府立図書館へ通う山本宣治

f:id:jyunku:20190326193013j:plain
今年は山宣こと山本宣治の生誕130年・没後90年らしいので、宣治と京都府立図書館の関係についてアップしてみよう。
『山本宣治全集』6巻(汐文社、昭和54年10月)で大正3年7月17日付け竹久夢二宛山本宣治書簡へ次のような注がある。

(略)夢二と宣治との交際は、一九一二年十一月二十三日から十日間京都岡崎で開かれた第一回夢二作品展覧会を宣治が見に行った時にはじまる。夢二は明治三十二年に神戸中学に入学し、八ヶ月で中退しているから、宣治と中学で一緒にはならなかったが、種々の点で意気投合し、宣治に招かれて、一九一三年の正月二日から五日程花やしきで正月をすごした。この時に夢二は後に宣治夫人となった千代の絵を描いている。(略)

宣治と夢二が出会った京都府立図書館。宣治はいつから府立図書館に通っていたか調べてみよう。同書所載の日記によれば、

(明治三十四年)
一月十五日(火)
(略)
入費 二銭図書館
雑事 (略)午後図書館ニ行ク(略)
自修 『暗黒阿弗利加』等ヲ読ム
(略)

一月十七日(木)
(略)
入費 十六銭図書館十回券
   夜図書館ヘ行ク
(略)
自修 『日本画初歩』『日本城郭誌』『写真ト幻燈』『大絃小絃』『相撲ト芝居』『大日本地名辞書』ヲ読ム
(略)

当時宣治は京都市立第二高等小学校の生徒。ここに出てくる図書館が京都御苑内にあった府立図書館であることは、『京都府立京都図書館一覧』(京都府立京都図書館、明治42年4月)の京都府立図書館規則で確認できる。第4条によれば、普通回数券の1回券が2銭、10回券が16銭である。後年の値段ではあるが、日記中の金額と一致する。これにより、宣治は遅くとも明治34年1月には府立図書館に通っていたことが推定できる。
なお、写真は「京都府立図書館 岡崎110年」展のパンフレットである。今年は現在地である岡崎に府立図書館が移転した明治42年から110年に当たる。