神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

『児童読物之研究』(葺合教育会児童愛護研究会、大正12年)の活用ーー今田絵里香『「少年」「少女」の誕生』(ミネルヴァ書房)への補足ーー


 今田絵里香『「少年」「少女」の誕生』(ミネルヴァ書房、令元年10月)は、序章によると、「本書は、少年少女雑誌の誕生と変遷、および、少年少女雑誌における「少年」「少女」に関する知の誕生と変遷を明らか」にし、「その背景を考え」たものである。このうち少年少女雑誌の変遷としては、115頁に次のようにある。

(略)一九一〇年代、都市新中間層が量的拡大を遂げると、少年少女雑誌を購入する層が増加するということになる。さらには、少年少女雑誌の発行部数が、量的拡大を遂げるということになる。事実、『日本少年』『少女の友』の発行部数は、増加の一途を辿ったのである。ところが、『少年世界』『少女世界』は、『日本少年』『少女の友』に発行部数の上では敗北したのである。そうであるとすると、量的拡大を遂げた都市新中間層は、『少年世界』『少女世界』ではなく、『日本少年』『少女の友』を購入したと考えることできる。

 確かに大きな流れとしては、『少年世界』(博文館)→『日本少年』(実業之日本社)、『少女世界』(博文館)→『少女の友』(実業之日本社)である。しかし、地域や時期によっては、『少年世界』や『少女世界』が逆襲していたと思われる。手元に『児童読物之研究』(葺合教育会児童愛護研究会、大正12年3月)という冊子がある。神戸市葺合区の小学生(尋常科3年以上7520人、高等科1385人)が大正11年4月~6月に読んだ本を調査したものである。読んだ本のうち雑誌の順位については、「さんちかホールで『児童読物之研究』(葺合教育会児童愛護研究会、大正12年3月) - 神保町系オタオタ日記」で紹介済みである。その時は、男女の合計数の順位であったが、今回男女別に尋常科については10位まで、高等科については5位まで一覧にしておこう。

尋常科(男子)
1 少年世界(833人)
2 日本少年(601人)
3 少年倶楽部(509人)
4 譚海(493人)
5 飛行少年(235人)
6 世界少年(227人)
7 少年(171人)
8 小学男生(170人)
9 海国少年(149人)
10 幼年世界(146人)

高等科(男子)
1 少年倶楽部(193人)
2 日本少年(117人)
3 潭海(97人)
4 少年世界(90人)
5 海国少年(62人)

尋常科(女子)
1 少女世界(1054人)
2 譚海(632人)
3 少女の友(582人)
4 小学女生(249人)
5 少女(218人)
6 赤い鳥(208人)
7 少年世界(178人)
8 少女号(139人)
9 幼年世界(132人)
10 小学少女(131人)

高等科(女子)
1 少女世界(143人)
2 譚海(112人)
3 少女の友(68人)
4 少女画報(46人)
5 赤い鳥(19人)
5 少女号(19人)

 高等科の男子を除き、大差で『少年世界』が『日本少年』を、『少女世界』が『少女の友』を上回っていたことが分かる。この傾向は、神戸市だけではなく、東京市でもある程度うかがえる。永嶺重敏『雑誌と読者の近代』(日本エディタースクール出版部、平成9年7月)206頁にあがる大正14年東京市内の尋常科4~6年生の小学生に対する調査で、男子は2位『日本少年』(1497人)、3位『少年世界』(717人)であるが、女子は1位『少女世界』(2281人)、2位『少女の友』(1840人)である。女子については、『少女世界』の方が『少女の友』を上回っている。
 今田氏も永嶺氏も『児童読物之研究』を利用していないので、研究者にも知られていない文献のようだ。国会図書館サーチでは日本大学文理学部図書館しかヒットしない。さんちか古書大即売会で見つけた本だが、かなり貴重な冊子であった。