名古屋古書会館には、何年も行っていない。そろそろ行きたいと思っていたら、昨年からのコロナ禍で度々中止になっているので、しばらくは無理そうである。本日紹介する『郷土文化』4巻2号(郷土文化会、昭和24年3月)は、その名古屋古書会館で入手したものである。目次を挙げておく。
発行所の郷土文化会は、市立名古屋図書館内に所在し、編集兼発行者は伊藤亮三。
蓑虫山人(本名・土岐源吾)については、Wikipediaを見られたい。私は、秋田県立博物館の常設展で名前を覚えたと思う。今も解説文を持っている。
天保7年生まれ、全国を放浪した画家、好古家で、奇人でもあった。名前の通り、笈(折り畳みできる庵)を背負っていた。晩年岐阜県志段見では、すべて竹で作った庵(虫籠だ)に住んだ。もっとも著名な事績は、明治20年の亀ヶ岡遺跡の発掘で、親しかった神田孝平を通して『東京人類学会雑誌』に紹介されている。
昨年10月には望月昭秀(文)・田附勝(写真)『蓑虫放浪』(国書刊行会)が刊行された。関係者へのインタビュー、蓑虫が描いた絵日記・屏風・掛軸、関係資料の写真が満載で楽しめる一冊となっている。
なお、京都新聞の前身日出新聞は蓑虫山人に注目していたようだ。『郷土文化』の太田三郎「土岐蓑虫伝」は同紙明治29年8月29日掲載の苦楽道人「漫遊略記(七)」を引用している。また、『蓑虫放浪』260頁には、次のようにある。
日付ははっきりとはわからないが、志段見山中に滞在していた頃*1、蓑虫は京都日出新聞(京都新聞の前身)誌[ママ]上で苦楽道人という人物と対談している。(略)