神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

清野謙次教授による窃盗事件の報に接した浜田耕作京都帝大総長の心情

f:id:jyunku:20191121195152j:plain
森さんのコメントで思い出したが、最近刊行された『羽田亨日記』(京都大学大学文書館、平成31年3月)に医学部教授清野謙次がしでかした経典等の窃盗事件に関する記述がある。本件については、「『長與又郎日記』(小高健編)から - 神保町系オタオタ日記」で東大総長長与又郎が京大総長浜田耕作の心情を思いやったことを書いたことがある。その浜田の心情を確認できる資料だ。

(昭和十三年)
七月一日 
午後三時過ぎ毎日藤田氏より電話あり昨午後清野君高山寺の経典を持出し太秦署に邏致され検事が家宅捜査の結果同種のもの二百巻許りを発見本日午後一時半その次第を検事局より新聞記者に公けにせりとのこと(略)浜田君に電話したるに戸田前田氏等よりその旨報じ来りて知りたりとのこと(略)蒐集癖が嵩じてのことゝ簡単に考へ得ることに非ず精神病とでもいふ外なかるべしたゞ困ったの一言以外何ともいひやうもなし
夕刊に大字見出しにて少しはぼかし乍ら書けるを見て涙も出でず
七月二日
清野事件各新聞に書き立てる所によれば行為の期間も点数も箇所も初め聞きたるより益々多くなり驚愕と痛恨を深めらせしむるのみ
浜田君より十時頃遭ひたしとの電話病院に訪問したるに小島天野両氏も招かれて既に在り、浜田君は涙を流してこの度の事件を痛恨し同胞の如く交り来れるものゝこの非行につきては全く裏切られたる感に不堪一年間努力し来れる粛学の志も今は沮喪して此の上総長在任の勇気なく加ふるに健康もこの有様なれば自分としては辞任の決心をしたれば予め意志を表示すとのこと三人みな涙を以て聴き一応共に考ふべければ返答するまで他に口外無からんことを希望して大学に引上ぐ。三人相談の結果は理の上よりはかゝる責任をとる要なきもその心事を考ふれば真に止むを得ぬ儀とせざる可らざるがたゞ時期につきては今夜書記官も帰り来ることにもあり明日までに熟考し置くべきを約して別る。引続き狩野博士来訪
七月四日
十時浜田君宅を(昨日来一時帰宅せりとのこと)三人にて訪問昨日相談の結果を返事す、田辺君も同意なりし由小島君より報告、天野君別に西田幾太[多]郎博士に昨日右の次第を話し考をきゝたるに吾々と同感との旨なりし由を話す(略)

[ ]内は翻刻者による。

当時羽田は、文学部教授、附属図書館長。「小島」は文学部長の小島祐馬、「天野」は天野貞祐、「田辺」は田辺元だろう。浜田の辞任について、田辺や西田に相談したこともこれでわかる。浜田は当時体調を崩して入院していたが、事件を受けて退院。しかし、この月の25日に亡くなってしまう。おそらく清野の事件が死期を早めたのだろう。羽田が後任の総長となる。
なお、この日記は羽田が画家の太田喜二郎と親しかったことや附属図書館の人事の内情が書かれていたり、面白い日記である。