神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

「蒐める人」を4500人も蒐めちゃった『昭和前期蒐書家リスト 趣味人・在野研究者・学者4500人』が凄すぎる件

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自称「人間グーグル」のわしが、戦前の趣味人、コレクター、奇人などを調べる時にまずお世話になるのが、反町茂雄『一古書肆の思い出』全5巻(平凡社ライブラリー)である。ただし、人名索引があって便利ではあるが、各巻ごとの索引の上、著名なコレクターしか出てこない。その点、日本古書通信社の『日本蒐集家名簿』は無名のコレクターも多数収録され、「蒐集種目・研究事項」も記載されていて便利であった。ただ、これにも欠点があって五十音順ではなく居住地の道府県別に配列されていて、居住地が不明の場合は全道府県をチエックする必要があった。その他発行年や発行所が異なる様々な蒐集家名簿があり、これらをまとめて五十音順に並べた一覧があればとかねてより思っていた。そんな中、かつて同人誌『二級河川』13号(金腐川宴游会、平成27年)に「蒐集家人名事典(仮)・石川県編」を掲載したトム・リバーフィールド氏が『昭和前期蒐書家リスト』を作成してくれて、御恵与してくれた。本当にありがとうございます。
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本リストは6つの蒐書家・蒐集家名簿から延べ4500人分を名前(読み、別名を含む)、住所、蒐集分野を一覧にしたものである。あくまでリストであって、生没年、本職、経歴などは記載されていない。それらは、将来的に『蒐書家人名事典』としてまとめる予定であるという。それこそ各界を震撼させる事典になるだろうが、本リストだけでも充分驚異的なリストとなっている。本書には、リストのほか、居住地別人名一覧(地方学の研究者に使えそうだ)、前記の「石川県編」、そして畏友書物蔵氏の解説「昭和前期蒐書家リストの構成と活用法、そしてこれから」も収録されていて、お手頃価格で販売されるらしい。今月24日(日)開催の文学フリマ東京のネ-21のブースで1000円、残部を金沢文圃閣に委託してネットの「日本の古本屋」から1500円で通信販売されるという。文学フリマ東京に行ける人はそこで確実に入手しておいた方が無難だろう。
早速読んでみると、アッと驚く発見。井上未喜知(京都市)という人が「全国乗車券、記乗、駅入場券、内外郵券、官白、煙草空箱、ねずみにかんするもの、其他何んでも紙屑一切」を蒐集しているが、別名として「丹頂園女神」が挙がっている。これに驚いた。実は、日本中、いや世界中の絵葉書コレクターがお世話になっている人にシルヴァン書房の矢原氏という人がいる。氏の師匠は井上女神という人だったと聞いたことがあって、どういう人物だろうと思っていたが、間違いなくこの人だろう。紙屑(紙もの)一切を集めていたという井上未喜知、なるほど絵葉書を中心に各種紙ものを扱う矢原氏の師匠にふさわしい人である。
蒐集分野欄が特に面白い。「怪談、幽霊談、心霊学」を集める本多虎雄(西宮市)や「妖怪趣味の本」を蒐める加崎博(熊本市)は、南陀楼綾繁さんが日本の古本屋メールマガジンで連載している「古本マニア採集帖」で紹介されたナカネくん(@u_saku_n)みたいな人が戦前にもいたことがわかる。いや他人事ではなかった。「風俗、民俗、歴史(伝記)及書誌学関係の非売品の書籍、雑誌」を蒐める柿沼松太郎(東京)という人がいた。非売品冊子好きのわしみたいな人だ(^_^;)
内容見本は谷沢永一紀田順一郎氏が集めていたというが、戦前も内容見本に注目した人がいたことがわかる。磯部鎮雄、関根康喜、甲神礼郎の3人である。関根は宮澤賢治の『春と修羅』を最初に発行した人だ。蒐集分野を話題にするときりが無いし、これから見る人の楽しみを奪ってしまうのでこれ以上は控えておこう。
解説で書物蔵氏が「当然入ってしかるべき人物でも、個別の理由(いまは不明)で本書リストにない」ことに注目していたが、それも面白い着目点である。柳田国男はあるが折口信夫はない、恩地孝四郎板祐生はあるが武井武雄がないのは、偶然なのか、何か意味があるのか考えてしまう。また、著名な国家主義者やわしが「トンデモ」のカテゴリーで話題にする偽史運動家などのトンデモない人達はさっぱり出てこない。プロパガンダはするがたいして本は読んでなかったのか、古本は買わずに新刊だけを読んでいたのか、不思議である。
近年古本屋を開業したり一箱古本市に参加するなど女性の古本者が増えてきた。しかし、やはり戦前では女性のコレクターは非常に少ない。4500人のリスト中、名前から女性と思われるのは10人前後だけである。蒐集は男性、いやオッサンの世界だったのだ。女性としては、大妻コタカ、河崎なつ、住井すゑ子(数え37歳!)のほか、金尾春江(金尾文淵堂の金尾種次郎の妻だろう)や山田ひさ江*1といった名前が見える。
住所欄を見ても色々興味深い。小中学校が多数あるので、教員が多いことが推測できる。また、寺も多い*2ので仏教者の存在も多そうだ。
以上、私なりに楽しめた点を披露してみた。見れば見るほど、発見があるリスト。大学の研究者、在野研究者、好事家の皆様、是非貴方も入手されて楽しんでください。

*1:西田幾多郎の日記大正14年8月6日の条に「山田ひさ江といふ東北の女学生」が出てくる。

*2:京都市の徳正寺も出てくる。