神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

帝国図書館の癪に障る下足番

「「図書館文学」傑作撰」と帯にある日比嘉高編『図書館情調』(皓星社、平成29年6月)に菊池寛の「出世」『新潮』32巻1号、大正9年1月が収録されている。上野の図書館(帝国図書館のこと)を久し振りに訪問し、そこにいた二人の下足番を回想する小説である。

二人は恐ろしく無口であった。下足を預ける閲覧者に対しても、殆ど口を利かなかった。(略)
二人はまた極端に、利己的であるように、譲吉には思われた。二人は、入場者を一人隔きに引き受けて居るようであった。(略)彼等は、下足の仕事を正確に二等分して、各自の配分の外は、少しでも他人の仕事をすることを拒んだ。(略)毎日々々他人の下駄をいじると云う、単調な生活を繰り返して行ったならば、何んな人間でも、あの二人の爺のように、意地悪に無口に、利己的になるのは当然なことだと思った。何時まで、あんな仕事をして居るのだろう。恐らく死ぬまで続くに違いない。

上記の他、「出世」では、主人公の譲吉が汚い草履を履いて行くと、下足札をくれないので喧嘩をしたエピソードも書かれている。
菊池の「半自叙伝」を見ると、明治41年上京した翌日に上野図書館へ行ったとか、明治大学を退学してから、昼間は上野図書館大橋図書館へ毎日通ったことが書かれている。だから、菊池が「出世」に書いた下足番はある程度事実に即したものだろうと思っていた。それが、荻原井泉水『井泉水日記青春篇』下巻(筑摩書房、平成15年12月)を読んでいたらある程度裏付けられた。

(明治三六年)五月二一日 木 雨
(略)帝国図書館ニ逃ゲ行キテ読ミ且ツ調ベタリ。下足ノ老爺ハイツモイツモ癪ニサハル奴ニテ出納係ノ河合トイフ男トハ一寸喧嘩ヲシタリ。小人等ハ困ツタモノナリ[。]図書館ニ傭ハレテ勅任官ニデモナツタツモリデ牛耳ルノガアキレカヘル到リナリ。(略)

下足の爺さんはいつも癪に障る奴だったらしい。ただ、菊池の小説では、「譲吉が高等学校に居た頃から、あの暗い地下室に頑張って居る爺」とあり、菊池の第一高等学校入学は明治43年なので、必ずしも同一人物とは限らない。しかし、井泉水の日記により、帝国図書館の下足番の横柄な態度が裏付けられるようだ。
菊池の「出世」では、閲覧券売場の係員に「出世」した元下足番と再会して、物語は終わる。この下足番という仕事だが、「帝国図書館に土足で入館できるようになった年」で紹介したように、昭和7年には土足で入館できるようになったので、その頃も閲覧者の癪に障っていたかもしれない下足番もお役御免になったわけである。

図書館情調 (シリーズ紙礫9)

図書館情調 (シリーズ紙礫9)