神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

内田樹の父内田卓爾のヒストリー

内田樹の父、内田卓爾はあやすーぃ?」(1月26日)から7ヶ月を過ぎたが、内田卓爾が諜報機関の仕事をしていたという確認はできていない。今のところ判明したのは、『人事興信録第二十二版』、『華北交通株式会社社史』、「在外日本人学校教育関係雑件/退職賜金、恩給関係第二十八巻 6.内田卓爾」(アジア歴史資料センター)などによれば、

内田卓爾 うちだたくじ 
明治45年1月22日 山形県鶴岡の内田重松(明治7年生)と妻高井の四男に生る
大正15年4月1日 北海道庁立札幌師範学校本科第一部入学
昭和6年3月14日 同校卒業
  同年3月31日 旭川市啓明尋常小学校訓導
  9年1月31日 傷痍又は疾病のため休職
  ? 満洲に出奔
  9年4月1日 北安日本居留民会立北安日本尋常小学校訓導
  同年11月21日 北安日本尋常小学校が在外指定学校となったため自然退職 
  10年1月31日*1 旭川市啓明尋常小学校訓導を休職満期により退職
  10年4月30日 斉斉哈爾日本尋常高等小学校訓導
  12年4月30日 同校を自己都合により退職
  ? 満鉄に入社
  ? 華北交通(本店北京、14年4月設立)に入社
  20年4月1日 華北交通が軍の機構に組み入れられ、北支那交通団に改称。全職員が軍属となる。 
  20年4月25日現在 北支那交通団総務局編訳係副係長
  ? 引揚げ
  ? 日本開発機製造に入社
  ? 河合鎰雄二女昌子(大正15年2月14日生、福岡高女卒)と結婚
  23年9月18日 長男徹誕生
  25年9月30日 次男樹誕生
  27年 総務課長
  31年 管理課長
  32年 管理室長
  37年10月 三井造船への吸収合併に伴い、同造船日開工場資材部長に就任
平成元年8月4日 朝日新聞声欄に「日本語学校の詐欺被害の中国人、救えないのか」を投書
  14年5月12日 没

内田樹氏は、平成20年9月7日付朝日新聞の「おやじのせなか」では、「自分とかかわったことで中国人の友人が戦後に殺されたと晩年に書き残していたので、諜報関係の仕事をしてたんでしょうね」としており、父卓爾から諜報機関に属すると聞いていたわけではないようだ*2。これ以上の追跡は、「ファミリーヒストリー」でわしや書物蔵氏を泣かせたNHKにでもやってもらうしかないか。

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東京堂書店の「イベント情報」によると、

第21回神保町ブックフェスティバル企画
坪内祐三トークショー「こんな古本を集めてきた」
開催日時 2011年10月29日(土)14:00〜16:00(開場13:30)
開催場所 東京堂書店神田本店 6階

坪内氏の文章は、最近では、『ユリイカ』9月号「B級グルメ」特集の「B級グルメの意味するもの」、KAWADE道の手帖竹中労』の「一九七三年の『キネマ旬報』で出会っていたのだが・・・」を読んだ。

*1:9年1月31日から1年間の休職期間の満了により自然退職となるので、10年1月30日退職が正しいと思われる。

*2:なお、内田氏は「師範学校を出て北海道で小学校の教員をして、19歳で満州に出奔」としているが、年譜で示したように、卓爾は旭川市啓明尋常小学校を休職中に北安日本尋常小学校満洲黒龍江省にあった)の訓導となっており、満洲に出奔したことがうかがえる。ただし、当時数えで23歳である。