神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

高見順と玄洋社々員横山雄偉


大西比呂志「ドン・ブラウンと横山雄偉」(『図説ドン・ブラウンと昭和の日本』)には、横山雄偉について

横山は帝国ホテルに個人事務所を構え、旧知の広田などを通じて外務省やドイツ大使館から情報を入手したほか、陸軍の憲兵隊や特務機関とも密接な関係を持っていたので、ブラウンや『ジャパン・アドヴァタイザー』にとって有用な存在であったにちがいない。


とある。この時期の横山がなぜか高見順の日記に出てくる。

昭和18年5月2日 成瀬君が横山雄偉(?)氏の話をする。そのうち紹介しましょうという。


  19年2月23日 文芸春秋社へ下島連君を訪れる。横山雄偉氏が自分の「東橋新誌」を愛読してくれていて、下島君を介して、自分に会いたいという。その旨の手紙を下島君がくれた。自分もかねて横山氏には会いたいと思っていたところなので、喜んだ。


  19年3月3日 かねての約束により文芸春秋社に下島連君を訪れ、同君につれられて、帝国ホテルに赴き横山雄偉氏に会う。
ホテルで食事をともにする。同氏からいろいろ話を聞く。


  20年1月15日 帝国ホテルに行く。横山氏(原註=横山雄偉、政界の黒幕といわれていた)の令嬢に明日伺いますと返事をする。前日速達がついたのだ。十六日、独逸大使館の人々を観劇に誘うので、来いという文面。


    1月16日 ホテルの横山氏の部屋で松本氏(原註=松本滝蔵)らに会う。松本氏からフィリピンの話を聞く。
(略)銀座通の「幸楽」(略)へ行く。横山氏主催の独逸大使館員の特別招待。/自分は独逸大使館情報部長の隣に坐った。


前掲書によれば、横山は昭和21年1月戦犯容疑(A級戦犯)で逮捕、22年12月釈放、37年没。戦後も高見は横山との交流を続けている。

昭和23年2月15日 横山雄偉氏令息来宅。


    2月18日 横山氏の招待で東劇へ妻とともに行く。昼夜二部興行で「義経千本桜」の通し。若手の出演。


    3月26日 横山氏の招待で東京劇場行。


追記:教文館からとうとう『宣教師ニコライの全日記』(全9巻)が7月20日刊行されるという。楽しみ。