佐藤優氏が超訳を出した『日米戦争未来記:小説』(大明堂書店、大正9年5月)の著者樋口麗陽。大正5年樋口が出した翻訳書をめぐって一騒動あったようだ。高橋箒庵『萬象録』巻4(思文閣出版、昭和63年3月)から。
(大正五年)
七月二十二日 土曜日
(略)
[日本征服論の出版]
益田氏の談に、此程新橋停車場などにて日本征服論と云へる冊子を売り居れば一冊八十銭にて買ひ求め汽車中にて一読せしに、案外力量ある著述たるを発見せり、此書は独逸人の著書を翻訳したる由なるが、其要旨は日本が多年独逸より受けたる恩誼を忘れ、今度青島を攻め落すのみならず露国に対して莫大の軍器を送れり(略)日本こそ独逸に取りて実に不倶戴天の深仇なれ(略)露国と手握りて露国を通じて百万の精兵を東洋に送り是非とも日本を討滅せざる可からず(略)此著書には独逸の有名なる軍人が証明を与へ、剰(ルビ:あまつさ)へカイゼルまでも之れを嘉納せられたるやに記載しあるは、日本に取りて誠に由々しき事柄なり。益田氏は之れを山県老公に示したるに、老公は固より之れを知らず、陸軍々人中にも全く読みたる者なき様子にて、其後参謀本部辺より著書に向つて右は何人の原書を翻訳せし者なるやと尋ねたるに、原書は慥に所蔵すれども之れを示すこと能はずと答へたる由、日本征服論と云へる其題目さへ已に容易ならざる者なるに、内務省が如何にして出板許可を与へたるや、山県公は一木内相に向つて直に一本打込みたる様子なるが、近来同書の見当らざるは或は窃に禁止されたるに非ずや云々。
(略)[ ]内は原本欄外にある見出しを校訂者が本文に挿入したもの、( )内は引用者
「日本征服論」とあるが、正しくはフリードリッヒ・ウヰルヘルムほか主張、ホルレイベン述、ベルンハルト原訳、樋口麗陽訳『日本征服』(独立出版社、大正5年4月)と思われる。ただし、所蔵する図書館のOPACに85銭とあるのは微妙に異なる。益田孝や山県有朋が騒いで発禁になったかと思いきや、斎藤昌三編『現代筆禍文献大年表』(粋古堂書店、昭和7年11月)などには載っていない。この本の原書とか、調べた人はいるだろうか。