神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

佐野繁次郎装幀の『昭和六年新文藝日記』(新潮社、昭和5年)ー『新文藝日記』の装幀者群像ー


 アレからもう15年も経つのか。「アレ」と言っても、もちろん阪神の優勝ではない。東京古書会館で平成20年6月に開催された「佐野繁次郎装幀モダニズム展」である。佐野の装幀本にそれほど興味はなかったので、古書展のついでにのぞいたのだろう。本よりも年譜が記憶に残っている。
 さて、先日大阪の文庫櫂で『昭和六年新文藝日記』(新潮社、昭和5年11月)を入手した。日記、特に文藝日記に興味があるのと、佐野の最初期の装幀本なので買ってみた。表紙のデザインに確かに「S.S」のサインがある。『佐野繁次郎装幀集成:西村コレクションを中心として』(みずのわ出版、平成20年11月)の「佐野繁次郎装幀目録」に1番久野豊彦他『モダンTOKIO圓舞曲』(春陽堂昭和5年5月)~4番ランボオ/小林秀雄訳『地獄の季節』(白水社、同年10月)の記載はあるが、本書の記載はない。もっとも、15年も経っているので、「西村コレクション」の西村義孝氏や林哲夫氏がその後入手しているかもしれない。

 本書(裸本)は、文庫櫂でおまけしていただいて3千円で入手。ありがとうございます。日本の古本屋では、平野書店やあきつ書店が装幀者の記載をしていないものの売り切れている。平野書店出品分はカバー付のようだ。どのようなカバーだろうか。
 本書が佐野の装幀であることは、「読める日記帳・資料として使える日記帳としての『文藝自由日記』(文藝春秋社出版部) - 神保町系オタオタ日記」で言及した日本近代文学館編『文学者の日記6 宇野浩二(1)』(博文館新社、平成12年1月)に出ていた。宇野が本日記を使用していて、解説の「原本について」(鎌田和也)が装幀者について言及している。宇野は『昭和七年新文藝日記』(新潮社、昭和6年11月)も使用していて、『文学者の日記7 宇野浩二(2)』(博文館新社、平成12年8月)の解説によれば、装幀は阿部金剛である。他の年の『新文藝日記』の装幀者を「日本の古本屋」で調べると、昭和3年恩地孝四郎、5年が古賀春江という錚々たるメンバーである。残る年*1の装幀者も非常に気になるところである。装幀本と言えばかわじもとたかさんの『装丁家で探す本:古書目録に見た装丁家たち』(杉並けやき出版、平成19年6月)・『続装丁家で探す本 追補・訂正版』(杉並けやき出版、平成30年6月)だが、『新文藝日記』には言及していないようだ。日記帳の装幀者にも要注目ですね。
 ところで、『佐野繁次郎装幀集成』の年譜によると、佐野は昭和5年6月池谷信一郎の蝙蝠座の第1回公演「ルル子」(築地小劇場)の舞台装置を東郷青児阿部金剛古賀春江と共に担当している。東郷をのぞき、『新文藝日記』の装幀者つながりになる。これは、偶然だろうか。

*1:『『文学者の日記6 宇野浩二(1)』の「原本について」によれば、『作文日記』と題し大正3年版から4年版まで、『文章日記』と題し5年版から9年版まで、『新文章日記』と題し10年版から14年版まで刊行した後、15年版から『新文藝日記』と題し昭和7年版まで刊行