神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

読める日記帳・資料として使える日記帳としての『文藝自由日記』(文藝春秋社出版部)

f:id:jyunku:20210410192946j:plain
 朔太郎通信さん(@Sakutaro1917)が、Twitter室生犀星の「四月の日記」(『新潮』大正9年5月号)を引用していた。そう言えば、精査中の昭和2年版『文藝自由日記』(文藝春秋社出版部、大正15年11月)に犀星の大正15年4月における日記が載っていたのを思い出した。伊豆旅行の日記である。
f:id:jyunku:20210410193142j:plain
 大船で合流する予定だった朔太郎が忘れられていたのが面白い。メンバーで唯一、朔太郎のことを思い出した犀星は流石。この日記は全集未収録だが、初出は「日録・日記」『文章倶楽部』11巻6号,大正15日年6月で、『庭を造る人』(昭和2年6月)に「伊豆日録」と改題の上、収録されている。国会図書館デジコレとしてネットで読める。
 『文藝自由日記』は、青木正美『自己中心の文学:日記が語る明治・大正・昭和』(博文館新社、平成20年9月)によれば、『新文藝日記』(新潮社)と並ぶ「文藝日記」の雄である。『春陽堂版 文藝自由日記』(大正13年)の表紙に「文藝春秋社編」とあるのが、大正16年版より編集から発行まで「文藝春秋社」になったという。古書価は高く、「日本の古本屋」では昭和3年版、11年版が売り切れで、唯一4年版があきつ書店出品で13200円である。
 日記コレクターだった福田秀一先生は、大正14年版、昭和2年版、4年版、10年版を所蔵していた*1宇野浩二が使用した昭和5年版については、日本近代文学館編『文学者の日記』6巻(博文館新社、平成12年1月)の「原本について」で、日記の構成の概要が比較的詳しく書かれている。要約すれば、
・見返しに65名の文学者による直筆署名の寄せ書き
・各月巻頭に文学者の直筆色紙(文字、署名部分のみ)。申込めば抽選で進呈
・色紙の裏ページに揮毫者の短文、次ページに肖像写真
・他に、文学者の日記の文範、「泰西近代作家小伝」「その日の歴史」、罫の外の小口側に国内外の文学者の警句を一日一句
・巻末附録として、「小説界回顧一年」「評論壇」「戯曲壇」「映画界総決算」「詩壇」「現代文士録」「全国同人雑誌関係者一覧表」「文芸語解」「文芸家協会規定」「同会員名簿」「詩人協会規約」「出版法書式」「文芸書類出版書肆」「現代著作家年譜」「現代文芸家住所録」「思想家住所録」「文芸雑誌社並に編輯者」「新聞社文芸部員一覧」のほか、知友名簿、新蔵書目録を書き込めるページも。
 昭和2年版の構成も概ね同じである。この年に自殺する1月掲載の芥川龍之介を見ると、
f:id:jyunku:20210410193049j:plainf:id:jyunku:20210410193105j:plain
 入手した日記の旧蔵者は色紙に興味がなかったようで、申込書は使用されていない。この芥川の色紙は、今どこかにあるのだろうか。
 昭和5年版にはないアンケートが2年版には収録されている。三上於菟吉の回答は、「『向日庵』4号、『北方人』36号と『三上於菟吉再発見』を御恵投いただく。 - 神保町系オタオタ日記」で紹介したところである。他には、岸田国士、正宗忠夫、正木不如丘、滝井孝作、藤沢清造秋田雨雀宇野千代佐藤惣之助佐藤紅緑三宅やす子荻原井泉水、松岡譲、日夏耿之介、十一谷義三郎、吉井勇、野口雨情、イナガキタルホ、土田杏村、昇曙夢、石丸梧平、木村毅小川未明、生田春月、長田幹彦斎藤茂吉近松秋江、水守亀之助、佐々木味津三、片岡鉄平、大泉黒石、金子洋文、上司小剣伊原青々園三木露風、宮地嘉六、川路柳虹、沖野岩三郎、菊池寛豊島与志雄久米正雄山本有三島崎藤村加藤一夫尾崎士郎、片上伸、加藤武雄、加能作次郎徳田秋声、白鳥省吾らが回答している。
 記入するための日記帳ではあるものの、読んでも楽しい日記帳である。また、資料としても貴重なものである。「全国同人雑誌関係者一覧表」から、京都の分を挙げておこう。

⚫真昼
京都市外修学院村高野土井方其社
田中義雄 島本融 清水真澄 武田麟太郎 土井逸雄 出口辰夫
⚫眩耀
京都高野清水小野方其社
有村幸作 藤波正 萩原徹 守田勉 小野松二 武田昌一 鵜飼幽草
⚫饗宴
京都上京田中大井町京文社内
山本修二 橋本未知 三木二十一 小野松二 三溝ゆう*2 内海真一
⚫文創
京都府舞鶴町字丹波町矢野方其社
高儀一雄 水影幽月 波多野鹿之助 高辻幽暮 滋森幽峰 三宅幽星 近野省三 外数名
⚫夢幻
京都市下鴨中川原中根方其社
竹下静男 中根夜史数
⚫文藝樹
京都市川大字通中立桑田方其社
保利良金 畔半四郎 早野進一 桑田良太郎 安井直一 北川良一
⚫無明樹林
京都市知恩院前白川上ル長谷川方其社
白石牧草 兵頭絃吉 北村鈴香 松本かすみ 兵頭□*3
⚫新興文藝
京都市葭屋町丸太町上ル其社
堤サヤスキー 並川金信 大北静史 上阪信景 岡本千代子 小泉緑郎 藤原美津子 上総象史都

 朔太郎の故郷である前橋市では、『ヴオロ』が挙がっている。「文藝雑誌社並びに編輯者」には、プラトン社が出ている。
f:id:jyunku:20210410195237j:plain
 そこに出てくる指方龍二については、「プラトン社の『苦楽』創刊 - 神保町系オタオタ日記」参照。本当に資料としても役に立つ日記ですね。
 肝心の記載された日記の内容である。昭和2年の記載は極僅かで、ほとんどが昭和19年の記載である。余白までビッシリ書かれた上、二重三重に紙を貼って記載されている。京都市内に住んでいたようだ。戦時中の京都人の日常が分かる貴重な資料になるかもしれないが、これを解読してたら私の人生が終わってしまいそうだ。
f:id:jyunku:20210410195328j:plain

*1:ネットで読める田中祐介・土屋宗一・阿曽歩「近代日本の日記帳ーー故福田秀一氏蒐集の日記資料コレクションよりーー」参照

*2:さんずいに「要」

*3:「總」の糸偏が虫偏