神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

音楽小説にして神秘小説?の上田敏『うづまき』を読む

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木股先生から『上田敏「うづまき」注釈』(甲南大学木股知史研究室、平成29年1月)を御恵与いただきました。ありがとうございます。明治43年1月から3月に『国民新聞』に連載後、同年6月大倉書店から刊行された上田敏唯一の小説『うづまき』への詳細な注釈をまとめた労作。注や参考文献好きのオタどんにはドンピシャの本で、注釈を先に読んでしまった。イェイツやボードレールのCorrespondences、ユゴーの東方詩を基にした交響詩ジン(魔神)、ウィリアム・ジェームズ『宗教的経験の諸相』、神智学に影響を受けたロシアの作曲家スクリャービンケルト民族、スタンダールフリーメイソン錬金術師パラセルサス、ベルグソン『創造的進化』、メーテルリンクなどが出てくる。これは神秘小説か心霊小説かと思ってしまったが、本文には直接には出てこずに参考として注釈に挙げているものもあるので、実際に『うづまき』を見ると、あまり神秘小説と呼べるような要素はなかった。しかし、国会デジコレでも読めるので、拙ブログの読書で宗教研究者は読んでみられたい。何か発見できるかもしれない。また、特に音楽小説としての側面も多々あるので、明治期の音楽に関心のある方もぜひ読まれたい。
注釈で気付いたことを補足しておこう。
・「沖の島山安南國よ、珊瑚瑪瑙が流れ寄る」への注釈・・・「小唄と思われるが出典未詳」とあるが、『南蛮記』(大雅堂、昭和18年7月)*1の「初版序」注三によると、長唄「唐人」(『日本歌謡類聚』上巻786頁)に出ているようだ。
・「カフェエ・マルタン」への注釈・・・「未詳」とあるが、永井荷風「あの人達」『三田文学』2巻9号,明治44年9月*2に、

実際自分も或晩マルタンへ出掛けて見た折、其カフエーの卓子にビールのコツプを前にして、音楽を聞いてゐるベルナール先生を見た事がある。マルタンと云ふのは一方が食堂一方がカフエーになつてゐて、今日では四十二丁目辺に其れ以上に奇麗な料理屋がいくらも出来たに係らず、久しい以前からの評判を落さずにゐる仏蘭西風の料理店で、マヂソン・スクエヤーといふ賑な場所柄だけに、はで好きな芝居帰りの紐育人が眩しい程に着飾つた女優や女藝人の一隊を引き連れて騒ぎに来る意気な処である。

とある。「ベルナール先生」は、ニューヨークにおける荷風のフランス語の個人教授。
・『うづまき』というタイトルで最初に連想したのは、ポーの「メエルシュトレエムに呑まれて」。『うづまき』に直接ポーは出てこないが、ポーの影響を受けたマラルメが出てくる。また、偶然だろうが主人公の牧春雄がルナールの『博物誌』に言及する中で、ポーに同題の著名な作品がある「黄金虫」に言及している。そもそも、上田はポーの三短編を収録した本間久四郎訳『名著新訳』(文禄堂、明治40年11月)へ序文を書いている。そこには、ボードレール悪の華』や『うづまき』にも登場するジュール・ヴェルヌが出てくる。もう一人「愛蘭土の近代詩人マンガン」も出てくるが、このジェイムズ・クラレンス・マンガンは、「愛蘭土の詩人~琥珀色の光に照らされた」への注釈に出てくるイェイツに影響を与えた詩人である。

*1:新村出全集』5巻(筑摩書房、昭和46年2月)所収

*2:荷風全集』7巻(岩波書店、平成4年10月)所収