神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

恩地孝四郎と版画の家の山口久吉

だいぶ前の寸葉会で拾った加藤和三郎宛山口久吉の絵葉書。昭和3年の年賀状で、山口の住所は神戸市中山手通4丁目18ノ2版画の家である。土地勘がないが、兵庫県庁の近く、相楽園の北東側か。山口の版画の家は、恩地孝四郎に詳しい人は御存知だろう。『恩地孝四郎展』(東京国立近代美術館和歌山県立近代美術館、平成28年)の年譜(三木哲夫編)によると、

1923(大正12)年2月 神戸の山口久吉が設立した「日本創作版画院」の賛助員となる。同院は「版画の家』の前身。
1924(大正13)年2月 山口久吉の主宰する『HANGA』1(1日発行、神戸・版画の家)に《母と子》(図版のみ)を発表。その後も、3輯(9月15日発行)に文「HANGAに寄す」、5輯(1925年2月20日発行)に《静物》、13輯(1928年3月31日発行)に《浴室午前》と自作解説「「浴室午前」につき」を発表した。

『HANGA』は端本でも古書価が高く、16輯揃いだと幾らになるのか想像もつかないが、どういう人が持ってるのだろうか。
年賀状の宛名の加藤和三郎という人物は、他に入手した年賀状によると趣味人と年賀状の交換をしていたようだ。大阪市天王寺区に住んでいた。所蔵している年賀状の発信者は、山崎翠紅(京都市)と三味三*1京都市)。
ちなみに、昨日の大阪切手まつりでは、山口の今尾和雄宛年賀状を購入。昭和7年の年賀状で、山口の住所は神戸市須磨区山下町に変わっているが、「版画の家」との記載はない。なお、宛先の今尾は書物蔵氏の御教示によると、石川県立美術館ホームページの「今尾和雄」にある染織家・画家のようだ。

*1:「エロテイツクの研究/よろず刷りもの蒐め処」とある。