神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

中島俊郎「文化遺産としての向日庵」をいただく

甲南大学総合研究所叢書』132号に掲載された中島俊郎文化遺産としての向日庵ーー過去を見つめ、未来を見すえる「開かれた場」ーー」の抜刷をいただきました。ありがとうございます。「向日庵」(こうじつあん)は壽岳文章・しず一家が住んでいた向日市の住宅のことで、本稿はNPO法人「向日庵」設立を記念して平成28年4月30日に開催された講演の講演録である。この講演は聞き逃してしまった上に、詳細な注が付された講演録なので、感謝してもしきれない。
早速読ませていただいて、興味深かったのは、
・壽岳は、索引の重要性を強調していて、「私の多年にわたる提唱にもかかわらず、日本の出版界では、索引の使命や必要が、軽視あるいは無視されすぎているのではなかろうか」(『河上肇全集』23巻「解題」)と書いている。
・向日庵私版(私家版)を戦後になっても復興しない理由として、「私の軽蔑する人種が大部分を占めている愛書家を目当てに、私版を出すことに意義を認めないのも、また私の自由である」(「なぜ向日庵私版を復興しないか」『日本古書通信』昭和26年6月号)と述べていて、「向日庵本が書店のショーウインドーで麗々しく飾られていた」という話を聞くのを、もっとも嫌悪されていたともいう。「愛書家」や古書店には耳の痛い話である。
・向日庵には、「八千冊ばかり納まる書庫と書斎が一つになっております」(壽岳しづ「書斎について」『書斎』昭和17年10月号)とのこと。「壽岳文章一家の文化的業績についての調査研究会」の講演*1で、壽岳の蔵書は図書分類に従って並んでいたと聞いているので、壽岳の蔵書、書庫の詳細を知りたいものである。
壽岳については、城市郎が「発禁本蒐集家の夢」*2で「寿岳文章先生は、半世紀も前に、発禁本図書館の設立を提唱されました」と言及したその壽岳の論考の掲載誌も入手したし、1月の大阪古書会館の古本市では『第二回昔の和紙展観目録』(和紙研究会*3昭和15年4月)を拾ったりしているので、いずれブログで紹介したい。
中島先生は壽岳の孫弟子に当たるということで、NPO法人「向日庵」の代表に就任なされている。先生の御活躍と法人の益々の発展を祈念しております。

*1:壽岳文章邸「向日庵」を設計した澤島英太郎の生没年」参照

*2:城市郎文庫展ーー出版検閲と発禁本ーー』明治大学図書館、平成24年6月

*3:新村出、禿氏祐祥、中村直勝、壽岳文章らが同人