神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

第五高等学校出身だった谷崎潤一郎の友人小野法順

谷崎潤一郎の友人で知恩院の僧侶や後藤新平の秘書を務めた小野法順については、「まさか、あの小野法順か!?」や「後藤新平の秘書小野法順」で言及したところである。本おや(本は人生のおやつです!!)で入手した長田幹彦『青春時代』(出版東京、昭和27年11月)の「祇園時代」にH氏として出てきた。これによると、
・熊本の五高出身で、下宿の娘と出奔し、有明湾で汽船から投身したが、自分だけ助かったので、僧籍へ入った。
・外国語が達者なので知恩院では外事部長を受け持った。
・長田は小野が尼僧と関係があるのを嗅ぎ付け、小説「尼僧」に書いた。そのため、小野はドイツへ留学するはずだったのを取り消され、逐電した。
・その後、株式仲買い店の番頭や新聞記者を経て、某伯爵の秘書となる。
・今では某所で名誉職をしている。
「某伯爵」が後藤新平伯爵だろう。ところで、『第五高等学校一覧 自明治四十四年至明治四十五年』で卒業生を調べてみたが、小野という姓の者は数名いるが、法順という名の者はいなかった*1。五高を中退したか、本名は別にあるのかもしれない。

*1:追記:文系で進学が確認できない者としては、熊本出身の小野正一(明治34年7月法科卒)、大分出身の小野彦三郎(明治36年7月法科卒)の二人がいる。