神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

稲岡奴之助の娘と散歩する秋田雨雀


秋田雨雀日記』第1巻を見ていると、

大正6年12月8日 晴。夜寒い。昼は温かに日光が輝いていた。今朝下村君がきて小林*1の撮影があるからといって誘いに来た。ちょうど其時稲岡奴之助の娘さんも来たのでみんなで出て行った。停車場前で井出*2の連中と逢った。撮影はなかった。みんなでぼくの家により、それから夏目さんの墓などを見た。


ん、「稲岡奴之助」。「古書の森日記」に出てきた名前だ。
秋田の日記には、稲岡が他の日にも登場していた。

大正6年2月25日 今日起きてまもなく稲岡の娘さんがきた。散歩に行く約束をしていたので、二人で少し話をしてから夏目さんの墓の方へ行く。 


    3月22日 稲岡奴之助氏の娘さんが訪ねてこられた。この人はある病気の女の人の看護に行ってるそうだ。この人を送りながら早稲田文学に原稿料をとりにいくと、中村君がいなかった。
夜、井出氏を訪い、原稿料をもらう。しかし金額は少しちがっていた。


    3月28日 稲岡の娘さんがきたので、野原へ出て、それから婦人の友社へ行き、河井酔茗君に逢い、雑誌をもらってきた。


まさか、日記の中で、稲岡奴之助の名前に出会えるとは。


追記:『彷書月刊』6月号の「ホンの情報」に、『宮本常一の見た府中』(府中市郷土の森博物館、400円)について、7月1日まで同博物館で開催中の「宮本常一の足跡展」にあわせてのブックレットとあった。図録はなかったが、ブックレットは存在していたみたい。はほへほ氏はだまされたか。不親切な博物館なり。

*1:「小林商会」か。

*2:井出正一(『活動之世界』発行)か。