神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

『近代の仏教思想と日本主義』(法藏館)中の名和達宣論文を読んでーー仏教関係者の公職追放についてーー

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 今年の瞠目すべき一冊、法藏館石井公成監修、近藤俊太郎・名和達宣編『近代の仏教思想と日本主義』については、「『近代の仏教思想と日本主義』(法藏館)の栗田英彦「日本主義の主体性と抗争ーー原理日本社・京都学派・日本神話派ーー」への補足 - 神保町系オタオタ日記」で紹介したことがある。今回は、名和先生の「真宗大谷派の教学と日本主義ーー曽我量深を基点としてーー」で私の興味を引いた箇所を紹介しておこう。
 一つ目は、曽我の門弟坂東環城を中心に昭和10年7月から19年1月までに97冊発行された雑誌『開神』である。「この雑誌は『神』の付いた題名が隠れ蓑となって、国家による検閲や言論統制などの圧力から免れることができたとも伝えられる」*1という。こういう伝説があるのが、面白い。むしろ逆に内務省に目を付けられるおそれがあった、とまでは言わないが、タイトルに「神」とついた雑誌が内務省による処分を受けた例は幾つかある。『雑誌新聞発行部数事典ーー昭和戦前期 附.発禁本部数総覧』(金沢文圃閣)を見てみよう。発禁処分等を受けた「神」から始まる雑誌・新聞だけでも『神の国』『神日本』『神廼道』『神理』『神代文化』などがあったことが分かる。タイトルに「神」を付けていても、検閲や言論統制は免れなかったわけである。なお、同事典は最近増補改訂普及版が出ているので、元版を持っている図書館は勿論、未所蔵の図書館や研究者は是非購入しましょう。
 もう一つは、曽我の「公職追放」である。名和論文において、曽我の経歴中に、

一九四九年七月 連合国最高司令官総司令部(GHQ)の公職追放により、辞職。

とある。著名な仏教関係者で公職追放になったのは、友松円諦(翼賛壮年団区団長)や国柱会の関係者などと思っていたので、驚いた。しかし、出典である伊東慧明「曽我量深ーー真智の自然人ーー」『浄土仏教の思想』15巻,講談社,平成5年1月の「曽我量深年譜」によれば、

一九四九 GHQ公職追放により大谷大学教授を辞す(昭和22年度[ママ]政令第62号に基づき教職不適格として免職)

とあり、教職追放であった。「公職追放」は、広義では教職追放を含むので紛らわしい。あと気になるのは、出典に「辞す」と「免職」の2種類が使われていることである。『大谷大学百年史』通史編(大谷大学、平成13年10月)の「年表」では、昭和24年7月31日免職とされている。ただし、「辞職」も含めて「免職」と使っている可能性があるので、「辞職」と「免職」のどちらが正しいのかは、何とも言えない。
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*1:出典は、坂東環城「開神のころ」『真人』第112号,昭和33年

中島俊郎先生の講演会と内田明先生により解明された寿岳文章が向日庵本で使った活字

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 中島俊郎先生の講演「書物・和紙・文学ーー寿岳文章の豊かな世界ーー」が12月20日(日)府立京都学・歴彩館であると、御連絡をいただきました。ありがとうございます。ちょうど1年前に長野裕子先生の講演「寿岳文章と向日庵本」があったことを思い出す。その時、どなたかの質問で「さすがに寿岳先生も向日庵本で活字は手作りではなかったでしょうね」というようなものがあったと思う。内田明先生(@uakira2)なら分かるのではないかと思いTwitterでつぶやいたら、この度解明していただきました。凄い。ありがとうございます。ここに挙げておけば、会長の中島先生に御覧いただき、会員の方々にも話が伝わることになるでしょう。
 →「壽岳文章・靜子『紙漉村旅日記』(昭和18年向日庵版)の活字 - 日本語練習虫
 

今年何かと話題になった三密堂書店で見つけた粟野秀穂編『五十四年之回顧』(昭和13年)ーー西田直二郎の友人としての粟野秀穂ーー

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 今年の新語・流行語年間大賞は、「3密」でした。3密が話題になると、三密堂書店も何かと話題になった1年でした。しかし、幸か不幸か、客が押し寄せて3密になるような事態にはならなかったようだ(^_^;)
 今回は、三密堂で見つけた粟野秀穂編『五十四年之回顧』(粟野秀穂、昭和13年10月)を紹介しよう。積ん読本から出てきたので、いつ買ったのか不明。例によって、100円均一台で見つけた一品。国会図書館にもない。大阪市立図書館と愛媛大学図書館が所蔵。
 本書の「自序」によれば、昭和13年7月胃癌のため腫瘍摘出の手術を行った。臥床中に54年の人生を振り返り、行動の記録と執筆目録、併せて300余りの原稿中から7篇を収録して本書を作成したという。粟野はこの年に亡くなっているので、回復はできなかったことになる。本書から、粟野の経歴を要約しておこう。

明治18年8月 青森県生(本籍は宮城県)
明治42年 神宮皇学館本科卒
明治45年 1月 真宗中学教諭となる。谷本文学博士の諭により、文学士浜田耕作、同西田直二郎と共に播磨赤穂郡大避村に児島高徳の墓を調査し1週間に亘り研究
同年 京大文科国史学科[ママ]卒
大正4年 夏に友人西田直二郎が腸チブスで入院のため看護、9月漸く癒える。
大正6年8月 史学地理学同攷会成立
同年10月 雑誌『歴史と地理』(大鎧閣)発刊の約成り、主幹として編纂
大正11年10月 真宗中学依願退職
同年12月 大阪談話会成立(世話人江崎政忠)
大正13年10月 『国民史談』発行*1。史学地理学同攷会幹事脱退
大正14年12月 史蹟踏査会成立し、国史普及会と云う。本部を京都に置き、林与三郎が専ら事に当たる。
昭和3年8月 雑誌『史蹟と古美術』を出版
昭和7年4月 中山太陽堂中山太一の依嘱により同家史家系編纂を引き受ける。
昭和12年10月 東京南陽堂で年来の望なる三十六歌仙画絵巻木版を得る。

 粟野は明治45年7月京都帝国大学文科大学史学科選科国史学専攻卒、西田は明治43年7月同大学史学科(本科)国史学専攻卒。粟野は2年先輩の西田と親しかったようだ。ミネルヴァ日本評伝選から林淳『西田直二郎』が予定されているようだが、この辺りも言及されるだろうか。『史蹟と古美術』(国史普及会)は、粟野の死後も昭和14年11月、21巻5号(通号105号)まで刊行されている。
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*1:正しくは、大正14年11月創刊か。

台湾の古書店台北堂書店(小野山三郎)の古書目録『(南支南洋)南方資源資料特集目録』(昭和16年)

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 先日『本のリストの本』(創元社)重版記念イベントが開催され、行ってきました。林哲夫氏所蔵の目録類の展示・販売もあり、眼福でした。私も古書目録は集めていて、ある程度集まると『日本古書目録大年表』(金沢文圃閣平成27年1月)にも載ってないような珍しい目録に関心が移っている。
 さて、今回は四天王寺秋の大古本まつりで古書クロックワークから入手した台湾台北にあった台北堂書店の古書目録(昭和16年6月)を紹介しよう。60頁、編集兼発行人は小野山三郎。200円。表紙に「(南支南洋)南方資源資料特集目録」「台北堂書店」「第八集ノ一」とある。裏表紙に林業特集目録を出してから1年経つとあるので、本来の目録名は「(南支南洋)南方資源資料特集目録」ではなく、「台北堂書店」なのかもしれない。
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 『日本古書目録大年表』2巻には、「地域別古書店名一覧」も載っていて便利である。台湾には1軒、野田書房だけで台北堂書店の記載はなかった。そこで、植民地の古本屋のことならまずは沖田信悦『植民地時代の古本屋たち』(寿郎社、平成19年12月)。台北市川端町の古書店として台北堂があがっていた。一方で、昭和18年台北古書籍組合の評議員小野山三郎の屋号は確認できないとしている。しかし、その後研究が進展したようで、沖田編『地域別古書店年表ーー昭和戦前戦後期の古本屋ダイレクトリー』1巻(金沢文圃閣平成27年5月)には、昭和18年7月末現在における台北古書籍商組合の評議員として台北堂書店の小野山の名前が記されている。
 日本国内の地方の古書目録は割合見つかるが、満洲や外地の古書目録は中々見ない。できるだけ集めてみたいものである。

平楽寺書店の井上四郎宛家永三郎書簡ーー『日本仏教思想の展開』監修者としての家永三郎ーー

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 3年前の大阪切手まつりでシルヴァン書房の矢原さんから、家永三郎の平楽寺書店宛葉書を入手。平楽寺書店宛書簡が出回っていた頃である。中村元の書簡もあった。3枚あった家永の葉書のうち昭和31年7月5日付けは、ゲラ刷を一覧して、「道元法然や貞慶に先行しているのは時代の順序が乱れていると思います」と指摘し、「田村君」と相談するよう指示している。
 調べると、これは家永三郎編『日本仏教思想の展開:人とその思想』(平楽寺書店、昭和31年10月)のことである。目次を見ると、貞慶、法然親鸞道元の順に修正されている。また、同書の「あとがき」に、「実際に本書のプランを立て、その実現のために奔走されたのは、田村圓澄君であって、私は編者の名を僭称するに過ぎない」と書いている。「田村君」は、田村圓澄ということになる。家永は、監修者として最低限の務めは果たしていたようだ。

京都女子大学で開催中の「京女100年の至宝展」に江戸川乱歩旧蔵の『風流東大全』(享保16年)ーー蔵書印データベースも活用した解説ーー

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 京都女子大学が創基100周年記念の展覧会「京女100年の至宝」を開催していたので、行ってきました。ビアズリー関連、九条武子コレクション、淀野隆三宛や佐藤春夫宛の川端康成書簡、よく知られたB5判ではなくB4判の『キンダーブック』創刊号(昭和2年11月)*1など貴重で多彩な至宝が展示されていた。
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 私が気に入ったのは、乱歩旧蔵の江島其磧『風流東大全』(八文字屋八左衛門、享保16年)である。写真を挙げた蔵書印が押されていて、図録の解説によると、下から「越長文庫」「斎藤文庫」「幸堂私印」「乱」*2で、それぞれ印主は不明、斎藤雀志(明治期の俳人)、幸堂得知、江戸川乱歩だという。「『越長文庫』は、国文学研究資料館蔵書印データベースで松永文庫所蔵の読本に押されていることが確認できるものであるが、印章の所持者は不明」ともある。この松永文庫所蔵本の印は、「蔵書印DB越長文庫」で見られる。また、解説では乱歩の蔵書印についても、乱歩蔵の八文字屋本等に押されていることが確認できるものとして、同データベースを挙げている。これは、「蔵書印DB乱」などに出ている。蔵書印データベース、使われていますね。
 展覧会は、予約制で今週4日(金)まで。図録(69頁)と記念品(オリジナルマスクケース)が貰えた。「京都女子大学創基100周年記念 特別企画展観「京女100年の至宝」 | 100周年サイト
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*1:栄喜代子・棚橋美代子「『キンダーブック』創刊号に関する考察」『児童文化の伝統と現在Ⅲ』ミネルヴァ書房,平成18年参照

*2:写真は一之巻巻頭「序」の下で、「乱」は、他に全5巻各巻内題の下と五之巻末尾刊記の下にも押されているとのこと。

『本のリストの本』(創元社)重版記念のイベントが京都市の徳正寺でーーあなたも本のリストを作ろうーー

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京王線沿線の吸血鬼伝説』
『直立魚類上・下』
『生首の正しい飼い方』
『自殺のススメ』
『古木探検』
『不思議昆虫図鑑』
『珍妙昆虫図鑑』
『陳氏菜経』
邪馬台国は火星にあった!』
『古墳の呪的文様』
『木を巡る対立』
『海竜祭の民俗』
『加美島民俗誌』
天孫降臨
『古代と民俗』
『諸国聞□草』
『萱間魚水短歌集』
『殺戮詩集』
『地獄の三時のオチャ』
『サイボーグベビーの逆襲』
『異聞馬頭教』
『根暗なミカン』
『魔王瑠死滅の生涯』
信濃秘志』
『諸国霊験奇集』
『筆浮草』
『妖魅本草録』
『鞍土の伝説』
『怪人猫マント』

 冒頭、突然「本のリスト」から始めてしまいました。これは、天神さんの古本まつりのチラシ用に諸星大二郎先生が描いた古書店の本棚及び紙魚子さんが手に持つ本から作成したものです。創元社から8月に刊行され、この度増刷された『本のリストの本』(創元社)の刺激を受けて作ってみました。この本は、5人の著者が様々な「本のリスト」を挙げ、面白く解説しています。凝ってるのは、著者紹介も「私を作った十冊の本たち」を並べて、経歴に代えていることです。なるほど、幼少期から人生の要所要所で愛読してきた本を見れば、その人がどういう人間か分かってしまう(又は分かった気になる)。
 『本のリストの本』という本が刊行される予定と聞いた時は、阿部良男編著『ヒトラーを読む3000冊』(刀水書房、平成7年2月)や宮澤正典編『日本におけるユダヤイスラエル論議文献目録1877~1988』(新泉社、平成2年6月)のようなお堅い文献目録を想像していた。ところが、刊行された現物を見ると驚いた。名曲喫茶に積まれた本を著者がメモした考現学的なリスト、無き上野文庫の『古書目録』に載った架空の書を並べた「買い入れ目録」、川島幸希『英語教師夏目漱石』(新潮社、平成22年4月)から漱石が英語の勉強に使ったり、英語の授業に使った教科書を抜き出したリスト、夫(扉野良人)の伯父秋野亥左牟家の本棚に残る家族の歴史とも言うべきボロボロになった絵本達など50程のリストが並ぶ。既存の世にも珍しい本のリストもさることながら、私には著者達自らが作成したリストの方が印象的だった。本書の感想として「本のリストを作りたくなった」とか「自分も本のリストを作ってみた」というのを幾つか見かけている。やはり、私みたいに本書から刺激を受ける人が多いようだ。
 さて、本書の重版を記念して京都市の徳正寺(下京区富小路四条下ル西側)で5人の共著者のうち3人(南陀楼綾繁林哲夫鈴木潤)のトークイベント「いつもそばに『本のリスト』があった」が今週12月4日(金)18時~19時30分にあるので、是非予約しましょう。本書作成の裏話、本には載らなかった秘密のリスト、リスト作成の裏技などが聞けるかもしれない。また、南陀楼さんが多彩な古書目録を紹介した伝説のフリペ『モクローくん通信』の展示、林さん放出の各種目録の販売もあるらしい。参加費は1500円。予約は、メリーゴーランド京都 mgr-kyoto@globe.ocn.ne.jp まで。オンライン視聴も可能で、そちらは
オンライン配信 『本のリストの本』重版記念トークイベント「いつもそばに『本のリスト』があった」...」へ。
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