神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

怪談好きの小山内薫が語るフロイトの弟子にしてゴーストバスターのT女史

 
 昨日は幽霊の日だったそうで、1日遅れで小山内薫が語る怪談話をネタにしよう。
 東雅夫編『お岩:小山内薫怪談集』(メディアファクトリー、平成21年5月)は、小山内が大正8年8月から9年1月まで『万朝報』に連載した「お岩」から亡くなる昭和3年までに執筆した怪談文芸を中心に収録している。そのうちの「番町の怪と高輪の怪と」(『中央公論大正12年5月号)は、番町と高輪の借家で小山内本人が体験したという家に取り付いた怨霊による怪異を語ったものである。
 古書鎌田から入手した『旬刊写真報知』3巻11号(報知新聞社出版部、大正14年4月15日)掲載の小山内「幽霊と語る」*1もこのような化け物屋敷の話である。話は、神戸の近くの温泉で静養中の友人Sから聞いた女が殺された後に化け物屋敷になったという洋館の噂から始まる。その後、心霊現象の研究に没頭している心理学者T女史に、この洋館の話をする。すると、女史は自分が幽霊退治をしたので、もう出ないはずだと言う。詳しい話を聞くと、その洋館は大阪の伯父が持つ物で、嫌な噂のため借り手が無くなったので、伯父から頼まれて調査に行ったという。
 女史が昼に管理人の爺さんから鍵を借りて夜11時に行くと、決して来るなと言っておいた爺さんがいた。人殺しがあったという2階の部屋へ案内され電灯を付けると、その男は管理人ではなかった。悲しそうな顔の男が語るには、生きていた時に人間嫌いであらゆる人間を憎んだ結果、逆にあらゆる人間から憎まれ、遂には悪魔や鬼のような様々な幻に責められるようになった。たまらなくなり、ある晩その悪魔や鬼がかたまっている中に飛び込んで、死んでしまったという。そして、その幽霊になった男が誰かが私に愛を持ってくれたら救われる、抱いて軽いキスをしてくれればいいと言うと、女史はいきなり幽霊を抱きしめてキスした。途端に幽霊は消え失せた。翌日伯父に報告に行くと、実は伯父の知り合いの息子が発狂して洋館で自殺したというのが真相で、女性が殺されたというのは嘘だと話してくれたという。
 この大胆にも幽霊にキスして退治しちゃったT女史、隠れた心理学者で日本ではあまり知られていないが、オーストリアやドイツでは中々有名人だという。「フロイドの直弟子だとかいふ話しで、あつちの雑誌などにも始終論文を発表してゐるらしい」ともある。フロイトに日本人の女性の弟子がいたとは、聞いたことがない*2。女史の他にも、妖怪通のH*3、研究者のI博士*4、G教授への言及があるが、情報が少なく特定は不可能である。そもそも、語り手は自身を「実は私も心理学の方の畑のものなのですが、私のは主に児童教育に関連した方の研究」と述べているので、実話ではなく、全くの創作と見るべきかもしれない。ただ、前記東氏の編書の「編者解説」に小山内は「当時流行の心霊学に関心を寄せたり、大本教に傾倒した一時期もあったという」とある。実話ではないにしても、怪談・心霊好きの小山内の周辺にモデルになった女性がいたとすれば、どういう人だったのか知りたいものである。

*1:近代文学研究叢書』30巻(昭和女子大学光葉会、昭和44年3月)の「著作年表」及び同叢書31巻(同会、同年7月)の「著作年表追加」に記載なし。

*2:大泉溥編『日本心理学者事典』(クレス出版、平成15年2月)に立項された女性のTは、昭和21年生まれの寺田ひろ子のみ。

*3:怪談好きとしては、平山蘆江、畑耕一が浮かぶ。

*4:千里眼事件に関与した今村新吉博士が浮かぶ。