神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

平安蚤の市で得した!損した?ーー近事画報社から発行された絵葉書集『西洋近世名画集』(明治38年)ーー


 平安蚤の市でナンブ寛永氏の200円均一箱から、『西洋近世名画集』(近事画報社、明治38年10月)を購入。黒田清輝小山正太郎、浅井忠が選んだ絵葉書を使って西洋名画を紹介した本である。同月から毎月発行され、39年5月までの8冊が確認されている。絵葉書が外れて挟まっていたり、新聞の切り抜きが代わりに差し込んであったりしたが、一応12枚の絵葉書が揃っていたので、購入。ところが、調べて見ると、本来の絵葉書とは別の絵葉書が混じっていた。

・ヂュプレー《駆牛》、ルロール《牧羊》、シャフラン《酔美人》は欠
・バーンヂヨーンス《王と乞食娘》、フイルズ《緑蔭の化粧》、クラウド(題名不明)、コロー《森の精》、ヂツクシー(題名不明)は、博文館発売の絵葉書
・グリユーズ《愁》は『西洋近世名画集』(明治38年12月)掲載分

 この他、プルードホン《昇天》、ゲラルド《春ヲ誘フ》、ブグロー《女神》も欠けている。ただし、これは国会図書館所蔵本の冒頭に「御断り」の紙片があって、この3葉は発行間近にその筋よりの注意のため省き、定価を下げた旨が記載されていた。この辺りの経緯については、黒岩比佐子『編集者国木田独歩の時代』(角川書店、平成19年12月)に記載されていた。さすが黒岩さんである。

 興味深いことに、この『名画集』創刊号には初版と再版があり、内容が一部異なっていることがわかった。初版の冒頭には、其筋からの注意によって、十二点中三点を省かざるをえなくなったという注記があり、絵画が入るべき三カ所が空白のままになっている。女神の裸体が描かれた絵画だったようだが、警察から削除を命じられたらしい。結局、初版は三点を取り除いた九点のみで発行され、その分、定価も割り引いている。一方、再版では三点を別の絵画に差し替え、予定通り十二点を掲載して定価で販売したようだ。

 私が入手した版は初版と思われる国会図書館所蔵本と印刷日・発行日が同じである。しかし、奥付の頁の広告に違いがあって、前者は『新版絵はがき広告』と奥付の2欄であるが、後者はこの2欄に加えて最上欄が『近事画報』の広告である3欄になっている。入手したのは、再版だろうか。しかし、目次は初版と同じである。

 本書で面白いのは、タイトルの「名画集」からは必ずしも想像できないが、絵葉書集であることだ。切り込みに絵葉書を差し込んである体裁なので、はずして絵葉書として通信に利用することもできた。黒岩さんは「別紙に印刷した十二点の名画の写真版(モノクロ)が各ページの台紙に貼られ、巻末には作者それぞれの略歴を掲載している」としているが、これは正確ではない。ただ、国会図書館所蔵の明治38年11月以降発行分には切り込みが見えず、貼ってあるようだ。更にややこしいことを言うと、「日本の古本屋」にアルカディア書房が5,500円で出品している同月分の画像を見ると、貼ってはなくて、切り込みに差し込んである。出版社から納本された本を内務省帝国図書館に交付して後身の国会図書館が所蔵するいわゆる「内交本」は、このように必ずしも流布本とは体裁が同じでない場合があるので、要注意である。いずれにしても、本来の絵葉書が揃っていないという点では損した気もするし、12枚の絵葉書集が200円とは得したような不思議な気分である。
 なお、本書は斎藤昌三編『現代筆禍文献大年表』(粋古堂書店、昭和7年11月)には記載がない。明治38年において発禁になった絵葉書としては、『私製絵葉書』洋装の男子半裸体の婦人に対し相語らんとするの情態を描きたるもの(玉澤賢吉)、『裸体婦人絵葉書』12枚1組(不詳)、『裸体婦人絵葉書』4種4枚(京都市便利堂)などが挙がっている。